二章 過去を見透かす瞳

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 一時間ほどかけていくつかの部屋をめぐり、和室へ持ち込む本を選んだ。  部屋の中はとても狭いので、利玖が先に入って何冊か本を見繕った後、それを外で待っている三人の所へ持ってきて、手がかりになりそうな物を絞り込む、という事をくり返した。そうして選び抜かれた本は、利玖が提げている大きな鞄に順番に詰め込まれていった。今は、利玖があたりをつけておいた最後の一部屋まで回り終えて、和室へ戻る所だ。  美蕗と柊牙は、何か言い交わしながら先頭を歩いている。時々漏れ聞こえてくる単語から推測するに、彼の霊視の事について、美蕗が訊ねているようだ。史岐と利玖は、そのやや後ろを並んで歩いていた。 「さっきは、ごめんね」  美蕗に聞こえないように史岐が小声で言うと、利玖は力なく首を振った。 「満足に受け答えも出来ず、案内役として失格です」 「利玖ちゃんが気にする事はないよ。あいつ、万事、物騒にして歩くのが趣味みたいな奴なんだ」  史岐の言い草が可笑(おか)しかったのか、利玖は久しぶりに笑みをこぼした。  ずっと、ひどく緊張していたのだろう。明るい所を通る時、唇の色のなさが目についた。  たまらずに名前を呼ぶと、利玖は足を止めた。 「大丈夫ですよ」  何も訊かれていないうちから、気丈な顔を史岐に向けてそう答える。 「少し、体が冷えただけです」  和室に持ち帰った本を四人で手分けして読み進めたが、作業は難航した。  そもそも「まがい魚」という単語自体がほとんど登場しない。正体が同じ怪異でも、地域が変われば、名前や、伝わっている内容にばらつきが出る事はよくある為、北海道だけではなく海沿いの地域全般に範囲を広げて調べていたが、柊牙と一致する症例はなかなか見つからなかった。  唯一見つかった記述は、まがい魚が揚がった土地の土を少量食べる事で呪いを(まぬが)れる、という何とも疑わしいものだった。 「この『土』って、比喩じゃなくてそのままの意味だよな?」柊牙が頬杖をついてぼやく。「あんまり食べたかねえけど……、動物の生き肝って書かれるよりゃ数段ましか」 「記述はこれだけです。有効であると、根拠を伴って断言する事は出来ません」利玖はため息をついた。「しかし、もう柊牙さんに症状が現れている以上、悠長に検証している時間は……」 「まあ、いかにもって感じの怪しさはあるが、これに頼るしかないわな」柊牙は本を閉じる。「視力を失うのは御免だ。法外な値段の木乃伊(ミイラ)を買わされるわけでもないし、案外、気休めになれば夢だって見なくなるかもしれない」 「…………」  利玖は、半ば睨むような眼差しで柊牙を見つめている。 「何?」 「本心からおっしゃってます?」  柊牙は、笑い始めた。 「なあ、史岐」自分の後ろで雑誌のスクラップ帳を読んでいる史岐に、体をひねって声をかける。「初対面なのに切り込んで来るなあ、この子」 「お前がはぐらかすからだろう」  突っ返されて、柊牙は、にやにやとしながら利玖に向き直った。 「そんな得体の知れない物だとわかっていて食わせた奴がいるんなら、顔くらい拝んどかなきゃ気が済まないだろうが」  表情とつり合わない声の低さに、利玖は息をのむ。 「──な? 知らない方がいいと思ったんだ」  のんびりと立ち上がって、柊牙は背伸びをした。 「というわけだから、上手く理由をつけて行ってくる。もう九月も終わりかけだし、一人分なら、今からでも何とか、飛行機の空きが見つかるかも……」 「四人よ」  良く通る声で、美蕗が柊牙の言葉を遮った。  ぽかんとしている三人の前で、自分と、史岐、それから利玖の順に指で示す。 「え……、わたしも、ですか?」 「あら、行きたくないの? 北海道」  美蕗は、読んでいた本を掲げた。北海道の生態に根ざして、各地域の伝承を取りまとめた本だ。 「北海道の生態系は本州のそれと大きく異なっており、イノシシやニホンザルが見られない反面、ヒグマやシマフクロウ、オジロワシなどの貴重な野生動物が生息する。植物についても、動物ほどはっきりとした生態系の分断は見られないものの、ブナ林の北限が存在し、また、地名を冠した固有種が多数分布する……」  朗々と読み上げ、最後に利玖を一瞥する。 「あなた確か、匠さんと同じ生物科学科の学生さんでしょう? こういう事に興味がおありではないの?」 「興味は……、大いにありますが……」 「決まりね」  美蕗は目をつむって、つんと顎を持ち上げる。  利玖は、助けを求めるように史岐を見たが、彼は、利玖と視線がぶつかると、苦々しげに目をすがめて首を振った。  仕方なく利玖は、控えめに挙手をして発言する。 「失礼ですが、四人まとめてとなると、飛行機代だけで馬鹿にならないのでは……」 「必要経費は全てわたしが負担します」  それは、チェックメイトを言い渡す時の口調。  利玖はようやく、史岐の苦い表情の意味を悟った。
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