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プロローグ
この教室は四階にあるから好きだ。
近くだとその熱量に気圧されてしまう運動部の声も、対面側にある音楽室から漏れ聞こえるブラスバンドの演奏も、距離というフィルターを通しているおかげで、活気があって心地の良い環境音になっている。
基本的に、このB棟は静かだ。
放課後は文化部と委員会くらいしか利用しないから、廊下でペンを落とす音でさえも、逃さずに聞こえてくる。
……なんて考えていると、誰かが走る音が聞こえてきた。
せっかくこの静けさに浸っていたというのに。誰かがせわしなく、近づいてくる。
二十メートル……十メートル……五メートル……。
私は教室の入口に目を遣る。その瞬間、ガラガラと音をたてて戸が開く。
恐らく先輩だろう。大人びた風貌の女子生徒が姿を現した。
「……校内保全委員会の教室は、ここですか?」
「はい、そうですよ」
「綺麗な長い黒髪……もしかして、あなたが榎本伊沙姫さん?」
「……はい、そうですよ」
それを聞いた途端、女子生徒は素早い身のこなしで、窓際に腰掛ける私のもとまで駆け寄って来た。そして縋るように私の手を掴む。
「よかった……! あなたに聞いてもらいたい話が、あなたに叱ってほしいことがあるの……!」
「叱るって……いやあの、私、お坊さんとかじゃないんで」
女子生徒は目を潤ませながら、ぶんぶんと首を振った。
「いや違う、知ってるの。この教室『止まり木』って言うんでしょ? あなたが相談にのって叱咤激励してくれる場所だって聞いたわ」
「いやいや、どんなウワサなんですか!?」
……まただ。
どこからか広がってしまった、この『止まり木』教室のウワサ。
段々尾鰭が付いてきて、本来の委員会と違う活動が増えてきている。
まあ面倒だし、まずはこの先輩の話を聞いて、適当に意見しよう。
あくまで公平に、そして、倫理的に――。
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