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サイゴノオサイ
お前しかみたいな虫ケラなど、少しも怖くないとおっしゃっていたではありませんか。
ほうらこちらへ、ドウゾドウゾ。
そんなにビクビクせずとも、どうかご安心くださいな。
毒など、ご冗談を。
薬ならまだしも、人様の命を奪うものなど入っておりません。
お酒だって、酒屋で買って参った本物です。
信じられないというお顔をされて、目を丸くしてぶるぶる震えて、豪快な貴方様が、まあお珍しいこと。
そんなに信じられませんか?
私がこうして目の前で動いて笑って、言葉を話していることが?
貴方様が気まぐれにお奪いになり、憂さ晴らしにしてきたことが嘘みたい、と思っておいででしょう?
それはもう、手に取るようにわかりますわ、簡単なことでございます。
お仕えしてから長いこと、ずいぶん悩まされて、苦しめられ、息のかかった者のみをそばに置いて、それ以外はゴミでも捨てるように追い出して……思い出すほど虫唾が走る。
あの時、貴方様が見せた嫌な笑みを、忘れた日はございません。
真冬の、雪がちらつく夜に私は有無を言わさず追い出されて、腹いせに、大川に身を投げて命を絶とうといたしました。
けれど、おいそれと神様や仏様は、お許しにならなかったんでございますよ。
成り行きは成り行きですから、受け入れるほかございません。
養生所に運ばれて、こうしてほら、お陰様でこんなにシャンとしております。
こちらでお世話になり、食べ合わせや薬のことなども見よう見まねで覚えて、先生も助かるとおっしゃってくれて、毎日が目まぐるしく、張り合いあるものになりました。
きっと私は、貴方様の前にいるより、生き生きとしていることでございましょう。
ご安心なさいませ、食べ合わせの良し悪しで魂が奪われることは万に一つぐらいなものにございますから、どうぞ召し上がって下さい。
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