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3.死の無い世界
たとえ百歳で認知症を患う寝たきり老人でも、亡くなってから“魔術的完全再生”を使えば健康を取り戻すことが出来る。この事実は“魔術的完全再生”の発表からほとんど時間を置かずに発覚し、その結果“魔術的完全再生”による再生を求めて世界中で老人の殺害が発生した。
犯人はほとんどが親族だった。
彼らは老化で心身を患った、自分たちの手に余る老人を“魔術的完全再生”で健康に戻そうとしたのだ。
次の問題は司法で起きた。
“魔術的完全再生”があるのだからいくら殺しても実際に死者が出るわけではない。
死者の無い世界で殺人罪は成立するのか。また殺意を認定する意味はあるのか。
再生を当てにした傷病者の殺人であれば尚更だ。犯人に本質的な意味での殺意は無い。
世界中の裁判官が、弁護士が、有象無象の人々が、時には法廷で、時にはSNSで、尽きることなく喧々囂々と議論を交わした。
さらには高齢化問題。
“魔術的完全再生”をもってしても老衰を完全に退けることは出来ていないが、それでも既に大きな社会問題となっている高齢化を越える超々高齢化社会という未来が容易に予見された。
全世界共通の利用規程が定められた。
ひとつ。
司法の裁定に“魔術的完全再生”を考慮しない。たとえ被害者が再生されようとも殺人は殺人として裁かれる。そうしなければ安易な殺人が横行してしまうという現実が実際に世界中で起きていた。ひとは生き返るとわかっていればそれまで誰も想像しなかったほど残酷になり得るのだ。
ふたつ。
“魔術的完全再生”の対象者は65歳未満とし、それ以上の高齢者には使用しない。対象年齢の設定ではこれも激しい議論があり未だに改定を求める声も多い。
みっつ。
65歳未満の致死的な傷病、重篤な負傷、障害を持つ者に再生を目的とした“医療死”を認める。
“医療死”とは即ち、“魔術的完全再生”を受けるために医療の一環として行われる、医師の手による安楽死を指している。患者をより苦痛なく、不安なく、再生の為の死を提供する。
かつて尊厳死とも呼ばれていた手法は、今では治療行為の一環だ。
ひとの生き死にに関わるだけに、この三十年議論が尽きる気配は全くない。
けれどもとりあえずは、生れた以上誰もがある程度の老齢まで健康に生きられる。理不尽な死とは無縁な、ある意味で死の無い世界が生れた。
そんな世界で明日、僕は大きな治療を受ける。
そう、“医療死”だ。
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