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5.真夜中の教示者
「はい、あの……消灯後に、すみません」
申し訳なさそうな僕の態度に、彼女は穏やかな笑みを浮かべて部屋に入ってきた。
「大丈夫ですよ。前日の患者さんは不安定になりがちなので当直が様子を見る決まりなんです」
「ああ、それで」
大きな音も立てていないのにどうしてだろうとは思っていたけれど。彼女はくすっと笑って続ける。
「夜中に暴れたり大きな声で泣かれたり、病院を抜け出したりする患者さんもいらっしゃるくらいですから。全然平気ですよ」
「な、なるほど……」
「でもそろそろ鎮静剤の効果が薄れてくる時間ですね。もう一錠飲んでおきましょうか。それで横になればすぐに眠くなりますよ」
「はい、わかりました」
そういえば効き目は四時間程度だと先生が言っていた気がする。言われるままに薬を一錠取り出して水で飲み込むと身体を横たえる。
「あ、あの……」
毛布を掛け直してくれている看護師さんに、ふと聞いてみたくなった。日常的に“医療死”患者と接しているであろう彼女は、どう考えているのだろう。
「どうしました」
「その、死後の世界って、看護師さんはあると思いますか」
彼女は僕の振りですぐになんのことか察したようだった。手を止めるとにこーっと笑みを深めて僕の目を見る。
「私はあると思いますよ」
「えっ」
死後の世界があるというのであれば、それは“魔術的完全再生”で再生されたひとは別人、もしくは生きる死体、ということだ。
まさか医療従事者に否定派が……いや、仕事は仕事、思想信条とは関係ないのかもしれないけど。
質問というかたちではあったけれども、正直なところプロの言葉で自分の不安を和らげて貰えるのを期待していたので、予想外の回答に面食らってしまった。
「あると、思いますか」
大きな失敗、取り返しのつかないミス、そういうときに感じる特有の、内臓から冷えていくような、錯乱の余地もない絶望の感覚。
「じゃあ、僕はもう、明日には」
肺から漏れる空気のようなか細い呟きに、けれども彼女は首を横に振った。
「まあでも、“魔術的完全再生”で再生されたひとはやっぱり本人ですよ。全くの別人だとか、魂の無い動く死体だとか、そんな非科学的な状態あるわけないじゃないですか」
「えっ」
「どうしました?」
彼女がなにを言っているのか、僕にはわからない。
「いえ、あの。非科学的、ですか」
「そう、非科学的です」
そう自信満々に答えた彼女は、じっと僕の顔を見てから、再びにこーっと癖のある笑みを浮かべた。
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