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6.死後と科学の交差点
「そもそも死後とか魂とか科学的にも魔術的にも証明されていませんよね」
「それはまあ、はい」
「確たる根拠も証明も無しに有るの無いのと断言するのは非科学的だと私は思いますけど。どうですか」
「で、でもそれは、死んでから“魔術的完全再生”で再生されるまでの記憶が誰にも」
「はいストップ」
彼女に遮られて我に返る。気付けば、僕は今一番否定したいことを自分で肯定しようとしていた。馬鹿な話だ。複雑な気持ちで口を噤んで彼女を見上げる。
「ん、んー、お話を遮って失礼。でもね、そこなんですよ。再生までの記憶が無いのは科学的じゃないですか」
「えっと、それは、どういう」
「脳の機能が停止している、あるいは脳そのものが無い。そんな状態での記憶が無いのは科学的に考えて至極正常です。むしろ脳に記憶があるほうが異常、非科学的ですよ。記憶があるべき根拠が無いじゃないですか」
「でもそれは……じゃあ死後の世界があるなら、そのときの意識や記憶はどうなるんですか」
「どうにもなりませんよ。死後の世界は生者には観測出来ないのが科学的な答えです」
「どうにもならないってそんな」
「落ち着いて考えてみてください。生者とか死者とか言うからわからなくなるんです。科学的に脳に記録されていない記憶を観測出来るはずがないでしょう。死んでいる間の記憶というものはいつ、どのような方法で脳に記録されるのか。それが解明されない限り死後の記憶などというものは一般的に言われるように生前に発生した脳の妄想に過ぎません。“魔術的完全再生”は科学的見地から生み出された魔術です。そして魔術自体も科学でまだ証明出来ていないにせよ再現性のある技術であり法則性のある学問です。つまり」
彼女はまるで生徒に施す講義のように語る。
「“医療死”から“魔術的完全再生”までの記憶が無いことは、死後の世界や霊魂の不在を証明するなんの根拠にもなりません。ただの屁理屈です。マスメディアはそんなリアリティ求めてないので報道とかは全然されませんけどね」
ドヤ顔だった。
それももの凄いドヤ顔だ。
スッキリ爽快とでも言えば良いんだろうか。
この部屋を覗き込んだときより遥かに輝いて見える。
僕はここでようやく彼女の心理を理解した。
このひとは僕を心配して様子を確認しにきたというのもあるだろうが、それ以上に“医療死”前夜で不安になっている患者に気持ちよく持論をブチ上げたかっただけなのだ。
けれども、彼女の理論には重大な懸念がある。
「え、ええと……じゃあ死後の世界があると思う根拠は」
恐る恐る聞いた僕に、彼女は満面の笑みで答えた。
「誰も根拠を示せない物事のどっちを信じるか、そんな話に根拠なんかいらないでしょ」
ああ、なるほど。誰にもわからないのだから信じたいほうを信じればいいのか。彼女はつまり、僕にそれを言いたかったのだろう。
気付けば震えは止まっていた。
意識がふわりと遠のいてくる。このまま眠れそうだと思って最後に見直した彼女の表情は、先ほどとは打って変わって柔らかだった。
翌朝聞いた話では、彼女は看護師ではなく、この病院の再生医療の権威だったのだそうだ。
僕はその日穏やかな気持ちで“医療死”を受け入れた。
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