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1.前夜
眠れない。
消灯時間から、もうどれほど経ったろう。目を閉じて身じろぎもせずにいても一向に寝付ける気がしなかった。
夕食後に呑んだ鎮静剤のおかげで心は比較的穏やかだ。鎮痛剤も十分に処方されていて苦痛も無い。それでも、明日を思うとじわりと肺を押し上げられるような息苦しい不快感が込み上げてくるのがわかる。
手が、身体が、それに呼応して小さく震える。
明日についてあまり考え過ぎず、そのあとの、もっと未来を想いながら眠るといいですよと主治医からアドバイスを受けたものの、どうしても考えてしまう。
こちらからなにも言っていないのに主治医がわざわざそんな話をしたのは、おそらく他の患者さんもみんな前日は不安で眠れなかったりしたからだろう。主治医にしてみれば僕は今までとおなじ患者さんのひとりでしかなく、なにも特別なわけではない。
そう思うと、むしろそのアドバイス自体が安心出来る要素のような気もした。
寝なくてはいけない。そう思いつつもゆっくり瞼を開くと、暗い病室のカーテンの隙間から月明りが薄っすらと差し込んでいた。
僕の不安に、恐れに、誰もが口を揃えて言う。心配しなくても大丈夫だよ、と。学校でも教えられている、みんなが知っている常識だよ、と。
それくらい学校に通っているから僕にだってわかっている。でもやはり当事者になると、思ってしまうのだ。
明日で終わりなのではないかと。
僕はもう全く別の誰かになってしまうのではないかと。
けれどもそれは無意味な不安だ。わかっている。
なんの手も打たなければ、僕は遠からず死んでしまうのだから。残された時間は半年か、一ヶ月か、もしかしたらもう数日のうちかもしれない。
今この瞬間も健康を度外視した量の鎮痛剤と鎮静剤を処方されている。そうでなければこんな思索を弄ぶ余裕もないだろうほど深刻に、僕の身体は病魔に蝕まれていた。
だから明日、僕は死ぬ。
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