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「そう、なんですか」
「え?意外だったかな?」
「…いえ、なんとなく、葛城さんらしいなって」
「そう?でも、蜜流くんが言ってくれるなら嬉しいかな?」
ここは正直に受け止めよう、裏などないのだと。普段はどうか知らないが、少なくともここに来る時の葛城は表裏ない性格をしている気がする。
なのに、嬉しい言葉はふいに胸を弾ませる。
期待、させられてしまう。男の自分には、期待する資格などないというのに。
嬉しさ八割、悲しさ二割。二割に引き摺られ落ち込み始めていると、穂積が戻ってきた。
「なになに、楽しそうだな」
「社長には言わないですよ」
ね、蜜流くん?と言われ、ドギマギしつつも小首を傾げる仕草が可愛く、そして幼くもあり、蜜流は微笑みながら「はい」と答える。
「お待たせしました〜本日のおすすめです」
両手に二つ、木で出来たトレイに料理を載せ、和泉がやって来た。時には腕にまで載せてくる和泉は、実は力持ちだ。
音を立てずにコトリ、置いた。出来立ての湯気が、見るこちらにも美味しさをつれてくる。
「いただきます」
行儀良く、声を揃えて言う二人に、自然と口角が上がる。
穂積は鶏の照り焼き、葛城はかぼちゃのチーズ焼きを一口、食べた。二人とも、好きなものから食べる派のようだ。
ごくり。咀嚼する音を聞きながら、思わず生唾を飲むのは、いつものこと。たとえ、蜜流が作ったものではなくても、この店の一員であることに変わりはない。
ごくり。咀嚼されたものを飲み込んだ音がすると、穂積が満面の笑みを浮かべて「美味しい」と言った。
「この照り焼きの味加減、おふくろが作ってくれたのにそっくりだわ〜」
な?と嬉しそうに葛城に同意を求めた。まだ食べてないですから、と言いながら葛城は「でも」と言う。
「かぼちゃとチーズ、とても良く合っています」
ようやくほっと息がつけた。この瞬間の嬉しさは言葉にならない。
この店に来た十六歳の時は、人生のどん底でもうこんなふうに人と笑い合うことなど出来ないと思っていた。
けれど今、笑えてる。一喜一憂し、そして恋をしている。
二人の昼休みは午後一時までだ。一時には就業を開始するため、その十五分前には店を出る。
十二時半には飲み物を出したい。と、蜜流は用意を始める。
穂積も葛城も、コーヒー派だ。二人分のコーヒー豆をマシンにセットする。
引く豆の香りは香ばしい。アルバイトから社員になり、早々に豆の選別を任された蜜流にとって、自分が選別した豆で落とすコーヒーは、幸せの瞬間だった。
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