実際使ってみた感想。

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ

実際使ってみた感想。

 一週間後。俺達三人は先週と同じ居酒屋に集合した。テーブルには焼酎のボトルと炭酸水、あと氷。そして今日は刺身の七種盛と卵焼きに明太子が既に並んでいる。完全に、先週頼んで美味しかったつまみ達だ。 「で、どうだった」  橋本が乗り出し気味に問い掛けた。はい、と俺がまず口を開く。 「振動自体は丁度良かった。だけど鞄の中身が重い時に使えなくなるからもう少し威力の弱いモードも欲しい」  ふんふん、と橋本はスマホにメモを取っている。 「あと、バッテリーはやっぱり長持ちするように出来ないかな。うっかり充電し忘れると帰りに使えないんだもん。モバイルバッテリーで充電してみたけど、このパッド、結構な勢いで電気を消費しちゃうし」 「うーん、現状だとうちの開発部じゃどうにもならないんだよな。電池メーカーを何社か探してみるか」 「俺からはそんなところかな。綿貫は?」 「概ね同じ意見だ。振動の強弱とバッテリーについては言おうと思っていた。あと、結構パッドがズレちゃうから滑り止めも付けるといいよ」 「そうか、俺はリュックだから結構固定されていたけどショルダーバッグだと動いちゃうのか」 「成程。いやぁ、やっぱりそれぞれショルダーバッグとリュックで使い分けて貰って正解だった。ありがとう、実際使ってみた上での意見は本当に参考になる」 「橋本も一週間、使ったんだろ?」 「うん。ショルダーバッグもリュックも使ったよ。ただ、俺はどうしても開発側の目線に立っちゃうから見えない点も多いんだよね。二人に使って貰えて本当に良かった」  ありがと、と橋本がグラスを掲げる。何となく三人で乾杯をした。酒を飲み干す。俺が自分のお代わりを作っていると、ところでさ、と綿貫がおずおずと切り出した。 「もう一つ、意見があると思うんだけど」  また妙な訊き方をする。 「思うんだけど? 綿貫が思っているわけじゃなくて?」  案の定、橋本も引っ掛かったらしい。ただ、綿貫の言わんとすることもわかる。 「ほら、絶対にこれは直さなきゃなってところ、無かった? その、商品の根幹に関わるかも知れないから俺が指摘するのもなんだけど、あった、よね?」 「あった」  端的に同意をする。橋本はしばし考えていたけれど、あぁ、と手を打った。 「公共の場ではとても使い辛いよね」  開発側として致命的な欠陥を口にした。いいのかそれで。 「そうなんだよっ」  綿貫が目を見開く。俺も黙って頷いた。まずさ、と綿貫が人差し指を立てる。 「モーター音がクソデカい。不審物だと捉えられかねん。こいつを付けた初日に電車へ乗ったら周りの乗客が一斉に辺りを見回した。そりゃそうだ、ブイーーーーーンなんて電車内ではおおよそ聞くことの無い音が不気味に鳴り続けているのだからな。素知らぬ顔で俺もきょろきょろして誤魔化したが、耐え切れなくてすぐに電源を切った」  音の元凶が周りに合わせて首を巡らせている様はなかなか愉快だ。相変わらずこいつは面白いなぁ。橋本は何故か不敵な笑みを浮かべた。 「甘いな綿貫。俺は開発側としてどこまでいけるか実証実験をする責任があった。だから電車でも電源を切らなかった」 「結果、どうなった」 「不審物を所持していると思われて周りの乗客に途中で降ろされた挙句、駅員室へ連れて行かれた」 「事情を説明すればいいのに……」 「どうなるか見届ける必要があったからね。駅員さんには説明したよ。苦笑いを浮かべて納得してくれた。会社にも事情を話したら公欠扱いになった。でもそうなる前に止めろって怒られた」 「当たり前だバカ」  橋本は橋本で愉快なことをやっていた。まったく、こいつらと来たら愛おしくてたまらない。はい、と綿貫が中指を立てる。 「改善点はまだある。さっきも言ったけど威力の調整が現状だと効かないじゃん。町中を歩いている時ならそこまで音も気にならないから使っていたんだけどさ。信号待ちをしている時に、何の気なく手元を見て驚いた。俺の手、小刻みに震えているの」  お代わりの酒を口に含む寸前で止める。道端に佇む三十半ばのおっさんの手がぶるぶる震えていたとしたら。俺なら五メートルは距離を置くかな。 「振動に刺激を受けた筋肉のせいなのか、振動そのものが影響しているのかはわからないけど明らかに俺の手は震えていた。やべぇ奴だと我ながら思った。それもあって、威力を押さえたモードが欲しい」 「綿貫のアルコールが切れただけじゃないの?」 「誰が中毒患者だ。断じて違うわ」 「冗談だよ。そうだね、俺も振動が強すぎるとは感じていた。レベル別に設定できるよう開発部に相談してみようっと。モーターなのか電圧なのかわかんないけど」 「その辺を解消すればいい商品になると思う。なんのかんの言ったけどさ、マッサージ機能自体は良かったもん。それこそ移動中に使えるってのもメリットとしてデカい」  綿貫の言葉に、そうそう、と俺も相槌を打つ。 「逆に実感したよ。結構自分の体が強張っていたなぁとか、疲れが溜まっていたんだなって。こいつに解されてよくわかった。是非、商品化に漕ぎ着けてくれ。楽しみにしているよ。それまではこのテスター、借りていてもいい?」  ちゃっかり申し出ると橋本は表情を緩めた。 「気に入ったん?」 「正直、かなり」 「じゃあいいよ。それ、あげる。綿貫も貰ってくれ」  なかなか多く駄目出しをしながらも、ありがとう、と綿貫も笑顔を浮かべた。 「モーター音の解消に滑り止めの取り付け、弱中強くらいの出力分けとバッテリーの改良または発見か。課題は多いなぁ。でも解消して製品化まで漕ぎ着けてみるよ」 「絶対、受けると思う。頑張れよ、橋本」 「もし大ヒット商品になって臨時ボーナスが入ったら、奢れよ」  俺と綿貫の激励に、おう、と橋本は力こぶを作った。非力なので多分、何一つこぶはできていないだろう。 「じゃあ大ヒットの前祝いとして乾杯しようぜっ」  綿貫がグラスを掲げる。賛成、と俺も差し出した。 「大ヒットというか、このマッサージ器を通して人々の疲れが癒せれば幸いです」 「何言ってんだお前」 「そんな善人じゃないだろ」  橋本の発言を一斉に撃ち落とす。バレたか、と親友は舌を出した。 「じゃあ鞄用マッサージパッドの商品化と大ヒットを記念して、乾杯っ」  グラスをぶつける音が高らかに響いた。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!