開発中の新商品・鞄用マッサージパッド!!(仮)

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開発中の新商品・鞄用マッサージパッド!!(仮)

「お疲れ。遅くなってごめん」  もう一人の親友、橋本が現れた。スーツ姿にショルダーバッグを肩から提げている。お疲れ、と綿貫と揃って軽く手を振った。 「ビールにする? それともハイボール?」  前置き無しに問い掛ける。 「いや、焼酎のボトルを飲んでいるんでしょ。同じのを貰うよ」 「じゃあグラスと炭酸水を追加だな。綿貫、頼む」  何故ならタッチパネルは奴の目の前にあるから。あいよっ、と酒屋というより魚屋みたいな返事をしていそいそとタッチパネルをいじり始めた。 「タコの唐揚げと枝豆、卵焼き、あとカブの漬物しか頼んでないから」 「明太子、メニューある? 明太卵焼きにして食うのが好きなんだ」  橋本の言葉に、その手があったかぁっ、と綿貫はテーブルに倒れこんだ。腰、痛めるぞ。 「あと細巻きも頼んで」 「あいよ」 「刺身の五種盛りも」 「あ、三種と五種は売り切れだって。七種ならあるよ」 「何でだよ! 何で種類がいっぱい必要な方がまだできるんだよ」 「知らん。厨房で聞いてこい」 「三と五は駄目で何で七はいけるんですかって?」 「演技の良い数字だからって言われるんじゃない?」 「ギャンブル依存性の居酒屋か」  三人揃うと始まる下らない会話。この時間が俺は相変わらず大好きだ。  グラスと炭酸水はすぐに届いた。橋本の酒を作り、手渡す。お疲れ、と三人揃って乾杯をした。のんびりと酒を喉に流し込む。 「仕事、忙しいのか? 三十分とはいえ遅れるなんて珍しいじゃん」  タッチパネルを操作し終えた綿貫が橋本へ水を向けた。いやあ、と肩を竦めている。 「今日、たまたま新商品のテスターが出来上がったんだよ。開発部の担当者さんが夕方に俺のところへ持って来てくれて、二人で動作確認をしたりモニターになってくれそうな社員さんに声を掛けていたら遅くなっちゃった」 「新商品って?」  俺の問いに、これ、と橋本はショルダーバッグを持ち上げた。 「そのバッグがそうなの?」  しかし、違うよ、と首を振りベルトを取り外した。それを手に持ち俺達の前で広げる。バッグ本体に対してやや太く、特に肩当てパッドは厚みもあってゴツかった。 「このベルトだよ。いいか、よく見てろ」  橋本がパットとベルトの間に指を差し込んだ。カチッという音が響く。途端に低周波のような低温が鳴り出した。 「な、何だこの音は」 「地震か!?」  何故か怯えた綿貫がテーブルの下に潜ろうとする。違うだろ、と流石にツッコミを入れた。酔っ払ってんのか? 「触ってみ」  橋本に差し出されたベルトを受け取る。微かに震えていた。 「パッドが振動元だよ」  そう言われて触ってみる。 「おっ、結構な威力だな。マッサージ機みたい」  俺の感想に橋本が胸を反らした。わかりやすく鼻高々になっている。こいつも割と単純だ。 「これが今、俺と開発部の人が新しく作った鞄用マッサージ機だ。ベルトの部分にこのパッドを嵌め込んでスイッチを入れれば、振動して凝りを解してくれるってわけ。マッサージ機を持ち運ぶのは大変だ。かさばらない低周波治療器もあるけど、それこそパッドを肌に貼り付けて電気を流すタイプだと汗をかいたら使えないでしょ。だけどこいつなら、鞄のベルトにくっつけるだけでいつでもどこでも使える。持ち運びも楽々だ、当たり前だよね。鞄の一部なんだから」  急に営業トークが始まった。ベルトを返すと鞄に装着し直した。話を聞きながら試しに橋本の鞄を肩から斜めがけに提げてみる。パッドを左の首筋に当たるよう調整したところ。 「うおっ、思ったよりもこれいいな。鞄の重みで丁度よく体に押し付けられて、結構振動が伝わってくる」  どれどれ、と綿貫が手を伸ばす。渡して同じように提げると、おおぉっ、と目を輝かせた。 「何これ、気持ち良いっ。パッドの震えが結構筋肉の奥まで届くぞ。え、マジでいいなこれ。頂戴っ」  ド直球の要望だな。素直なのはお前の長所だが遠慮が無さすぎるだろ。しかし橋本は嫌な顔をするどころか、丁度良かった、と笑顔を浮かべた。 「モニターが少なくて困っていたんだよ。むしろ協力してくれない? 一週間、普段使いをして問題や改良点を教えて貰えると滅茶苦茶ありがたいんだ」 「マジ? 本当に使わせて貰えるの?」  くれと言っておきながら、いざオーケーが出ると戸惑ったらしい。綿貫よ、お前の人の善さが出ているぜ。 「マジマジ。ええと、取り敢えずもう一回鞄を返してくれる?」 「あぁ、すまん」  受け取った橋本は中からパッドを六つ取り出した。 「三個ずつ渡そうか。ショルダーバッグ用に一つとリュック用に二つ。好きなように使ってくれ」 「あれ、でもこのパッド、ベルトを一回鞄から外してこいつに通さなきゃ使えないよな? 俺のリュック、ベルトは本体に縫い付けてあるから駄目かも」  すると、ちっちっち、と橋本は人差し指を振った。綿貫的ダサさを感じる。長年一緒に遊んでいると駄目なところも似るのかね。 「パッドの留め具はジョイント式になっていて、開閉可能だよ。一旦開けて、ベルトにセットして閉じれば鞄用マッサージ機の出来上がりってわけ」 「よっ、抜かりの無い男っ」  綿貫が拍手を送る。お見事です、と俺は頭を下げた。 「バッテリーはUSBで充電出来るよ。最大連続稼働時間は今のところ一時間四十五分しかないんだ」 「結構短いな」 「このパッドに収まるサイズで、かつモーターを動かせるパワーを持つ電池だとそれしかもたないんだ。出勤や通学中に使って、職場や学校で充電をして、帰りにまた使う。そんなイメージだね」  成る程。 「急に発火したりしない?」  急に怯えた声色になった綿貫が、よくわからない質問を挙げる。 「それはどの電化製品も抱えているリスクだからノーコメント。でもこのパッドが特別火を吹きやすいわけではない。あと、もし万が一、開発部の先輩に今の台詞を聞かれたら尋常でない悪態を吐かれるから軽はずみに嫌なことを言わないで」  すまん、と綿貫は縮こまった。まあ意図のよくわからん問いだもんな。 「質問はもう無い? 良ければ付けちゃってよ。わからないところがあれば今、教えるからさ」  橋本の言葉に俺と綿貫はいそいそと自分の鞄を取り出す。綿貫はショルダーバッグに一つ、俺はリュックに二つくっつける。 「じゃあ綿貫にショルダーバッグ、田中にリュックのモニターを頼むわ。二人、それぞれ違うシチュエーションで使って貰えて丁度いいね」  確かにパッドはジョイント式になっていた。開けて、ベルトを通して、閉める。完了。試しにスイッチを入れると例の振動音が響いた。 「震えるのはパッドだけだけど、ベルトも結構振動するんだよ」 「ありがてぇなぁ。丁度、ぎっくり腰だのマッサージだのの話をしていたところなんだよ。渡りに船、地獄に仏とはこのことだなっ」  その二つのことわざを並べるのか。仏様に怒られないかね。まあいいけど、怒られるのは俺じゃなくて綿貫だから。 「じゃあ橋本の世紀の大発明に、乾杯っ」  取り敢えずグラスをぶつける。酒を飲んだ橋本は、一週間後に報告よろしく、と付け加えるのを忘れなかった。そのためのモニターだもんな。
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