本質。

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本質。

 三か月後。またしても同じ居酒屋に俺達は集合していた。橋本に呼び出されたのだ。 「……売れたな」  俺の言葉に橋本は無言で頷いた。 「引くほどヒットしたな」  綿貫の言葉にも無言で頷く。俺達がモニターを務めた鞄用マッサージパッドは、発売後、通販サイトを中心にじわっと売れた。ところが一人の有名芸能人がテレビで愛用していると発言したところ、売り上げが一気に五倍まで伸びた。結果、その手軽さから、爆発的人気商品になった。今では朝夕の電車に乗ると何処からでも小さなモーター音が聞こえる程だ。橋本が不審物所持でしょっぴかれかけたのが懐かしい。あの時の意見を反映させたからこそ、ヒットがあるのかね。 「ボーナス、出たか」 「一万円だけ貰った」  綿貫と揃ってずっこける。 「少なくない? こんだけ売れて、なんならハイパワーモードとかいう新しいシリーズまで発売するくらいの大当たり商品を開発したのに、一万円って」 「会社からは今回のヒットに対して三十万円の報奨金が支給されたんだよ。ただ、俺個人じゃなくて関わる部署全体に対して、ね。上司や開発部の人達と分け合ったら一万円しか残らなかった」 「夢の無い話だな」 「まったくだ」  まあ橋本はそういうのを鼻に掛けたりいちいち気にするような奴じゃないけどさ。 「しかし現代人はよっぽどお疲れみたいだな。それだけ皆、常に使えるマッサージ機を求めているわけでしょ」 「パッと見ると細かく振動している人の多いこと多いこと。国を変えたと言っても過言じゃないぞ橋本。はっはっは」  真っ先に町中で震えていた男が言うと説得力がある。人と言えばさ、と橋本が声を潜めた。俺達二人を手招きする。焼酎のボトルと炭酸水と氷だけが置かれたテーブルで、三人顔を突き合わせた。何だ、内緒話か。 「ジョークグッズで震える下着ってのを作ったんだよ。開発部の先輩が、こんなんできた、って男女それぞれの下着が震える様式の物を突然持って来たんだ」 「何やってんだその先輩」 「で、その先輩と相談して、社長と役員に人数分の震える下着を作ったんだよ。先輩と俺の二人だけ、連名にしてそれぞれの手元へ届くよう手配した。商品の説明書以外は特に手紙や添え状も付けないで」 「本当に何やってんだお前ら」 「三日後の朝、出勤したら俺のデスクの引き出しに封筒が入っていた。役員と社長の名前だけが印刷された用紙に、謝礼、と手書きで書かれていた。封筒の中身は現金十五万円だった。開発部の先輩も同じ額を貰ったってメールで教えてくれた」  唇を噛み、吹き出しそうになるのを堪える。 「来月、ひっそりと発売になるんだ。震える下着。大々的な宣伝はしない。企業イメージがあるから。自社の通販サイトでこそっと売るらしい。でも俺、予感しているんだ。こいつは鞄用マッサージパッドの比じゃないくらい売れるって」  橋本の目は何故か濁っていた。いや、元々こんなものだったかも。 「人間の本質はさ、そこだと俺は思うんだ。故に震える下着は間違いなく売れる」  それこそ熱の籠ったバカみたいな語りに、俺と綿貫は肩を震わせるばかりだった。  ちなみに橋本の読みは大当たりで、震える下着は発売後、ひっそりと空前絶後の大ヒット商品となったのだった。人間の本質、ね。やれやれ。困ったものだね、まったく。
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