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某所【ぼう-しょ】
━━ある所。その場所が不明な場合や、明示したくない場合に用いる。
[デジタル大辞泉]より
ジリジリとアブラゼミの鳴く猛暑日だ。
確か社用車で都内某所にある、見積もり現場に向かっていたと思ったのだが。
それは昨夜見た夢のようだ。
仕事と現実が混同している、忙し過ぎたのかもしれない。
普段より遅く目の覚めた私は、朝食も取らず出勤の準備を始めた。
このところの私は長年付き合った彼氏から求婚されたこともあり、彼氏の実家へ改めてご挨拶にお邪魔したり、式の準備や打ち合わせ、自宅とエステを往復したりと目まぐるしい。
とはいえ仕事を休むわけにもいかず、忙しない日々を送っていた。
結婚なんて、するものじゃない。
特に女は苗字が変わるから、マイナンバーや印鑑登録、会社に免許にパスポート……とにかく変更手続きだらけで今からうんざりだ。
ましてや一軒家まで購入してしまった彼だから、お財布の管理も今後は私の仕事となる。
恋人同士だった頃は気楽だった、これからは浮気も駄目。
ゆくゆくは子作り計画も立てて、家庭を切り盛りしていくのだ。
家庭を持つまでがこんなに大変だなんて、家庭科の授業では教わらなかった。
浮気はここ何年間と、一度もしたことがない。
彼氏は力仕事をしているので、そこでクタクタになるまで働いている。
浮気にまで回す力は残っていないだろう。
私も私で、わざわざ恋愛に体力を使いたくはなかった。
彼氏だけでも手一杯なのに浮気にまで広げてしまったら、自分を休める時間がなくなってしまう。
私にとっては読書や映画鑑賞という、インドアだがそんな趣味の時間も大切だ。
母が丁度出掛けるところだったので、私も一緒に玄関を出た。
今日の母は、ひと言も話し掛けてこない。
身に覚えはないが何か理由があって、ご機嫌斜めなのだろう。
母は機嫌が悪くなると、いつも無口になってしまう。
昨晩父と喧嘩でもしたのだろう、それか兄だ。
こんな時は、触らぬ神に祟りなし、空気のように振る舞うのが一番だ。
やはり母は何も言葉を発さないまま車へ向かい、さっさと乗り込んでしまった。
あわよくば途中まで乗せてもらおうとも思ったのだが、ここでも触らぬ作戦を貫く。
普段通りの道順で会社へ向かうことにした。
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