某所【ぼう-しょ】

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 今回担当している現場は、少しだけ厄介だった。  大手ゼネコンが絡んでいるので、どうしても取りたいのだが。  価格競争で負けそうなのだ。  競合他社の製品は確かに安い。  しかし機能面を見れば、弊社の商品の方がずっと付加価値が高いというのは、実験結果も証明している。  しかも現場は大規模老人ホームなので、これを取れば続く他地域のホームも同仕様が約束されており、億単位のお金が動くことになる。  担当営業は、できる限りの値引きはするが、価格競争には持ち込みたくないと言っていた。  折角の良品が低価格で卸せるとなれば、今後の付き合いが対等にならないからだ。  どちらか一方が力を持ってはならない、常にwin-winの関係を築きたい。  職場へと向かうバスに揺られながら、私は振り返っていた。  一次店には商社、二次店には小売店が入り、現場を仕切るのは大手ゼネコンだからとかく注文が多い。  ホーム限定仕様を作りたいと言われても、それは特注対応となるのでそれなりにお金が発生する。  他社は既存商品を推し特注対応はせず、その上で値引きなどお金の話しを持ち出している。  本当にお客様が求めている形からは、遠くかけ離れていると私は思う。  その場を収めるだけであれば、幾らでもやり方はある。  しかしお客さまの、今回は実際にご利用されるホームの入居者や職員が使い易い仕様にするべきだ。  二つの仮定(ジレンマ)が私を襲う。価格を取るのか、希望を取るのか。  他社が価格で来るのであれば、私は希望と、あとどれだけなら価格面で譲歩できるのか、これでいこうと見積もりを作成した。 「とにかく誰か、誰か現場に向かってくれ!」  事務所に到着すると、朝礼も始まる前から所長が叫んでいる。  その手に握られているのは紛れもなく、私の見積もった現場の施工図だ。 「私、行きます!」  慌てて私は手を挙げる。  この事務所ではPCの電磁波から身を守るエプロンを支給されていて、朝は一度更衣室に立ち寄りこのエプロンを着用してから自席につくのが決まり(ルール)だ。  まだ着替えの済んでいなかった私だが、小走りに事務所内へ向かった。 「うちのチームから、小森を出せます」 「うちは菊川が行けます」  各チームリーダーは、慌てて本日の処理案件と睨めっこをし、空き要員を作っていた。
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