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「菊川じゃ弱い、誰か仕様面に詳しい奴は出せないのか。
重要な現場なんだ。そうだ、赤坂を出せ」
赤坂とは美人で有名な女性で、業務のできは並みだが、彼女が同行した現場は全て落とせるという伝説的なスタッフだ。
しかし赤坂は基本、内勤だ。
外出は稀であり、本人も外回りは希望していない。
日焼けが嫌とか足が辛いとか、理由についても並みだった。
これが許されるのだからこの職場は甘いが、美人というだけで引っ張り出されるのも可哀想な気は確かにする。
私は自分で自分を不細工とは思っていなかったが、決して美人とも思っていなかった。
小森、赤坂と共に私も駐車場に向かった。
いつも突然に、無理難題を押しつけてくるのがこのお客さまだ。
今回もまたきっと、施工不可能な注文をしてきたに違いない。
私の担当ではあるが、事件が起これば皆で協力し解決に向け取り組む。
いつもの事務所の形だ。
「今回は、何て」
私は聞く。
「とにかく急がないと、お客さん。担当が変わるのを嫌がるから」
赤坂が言う。担当が、変わるだと? 私は考えた。
そういえば担当営業の稲村さん、授かり婚とか言っていた。
男性も育休を取る時代だ、重い現場は外されるのだろう。
担当が変わると再び自己紹介からやり直し、再度相手の落としどころや怒る部分、趣味や飲み会などご機嫌取りに手間を被る。
だから急な担当変えを嫌がるお客さまは、実は結構多かった。
弊社もなるべくそんな形で、お客さまにご迷惑をお掛けしないよう気を配ってはいるが、授かったのならば仕方ない。
まさかあの二人が付き合っていたとは、寝耳に水な話しだが、受け入れるしかないのである。
順番が違う気もするが、新しい命に罪はない。
そして受け入れた我々社員は、どうにかこうにかお客さまの信頼を、再び勝ち取る必要があるのだ。
「けど仕方のないことじゃない」
小森は悔しそうな顔で言う。そう、小森こそ稲村に思いを寄せた一人だ。
稲村はバツイチで、しかし前妻との間に子を儲けたわけでもなく。
そんな訳あり男がカッコいいとか渋いとか、思ってしまうのが若い世代の小森だ。
少しだけ年上の私には彼氏がいることもあり、稲村を恋愛対象とは思わなかったが。
もし自分も小森の立場であったなら、好きになった可能性は大いにある。
雰囲気がカッコいいのだ、決してイケメンではないのに。
気配りができる、優しさがある。
それが女性にモテるための術だとしても、大変よくできていた。
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