溶けない雪の約束。

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 雪がちらつき、吐息も白く染まる頃。普段閑散とした街も、十一月にもなると早くもクリスマスムード一色だった。  あちこちで見掛ける赤と緑、寒々しい街路樹には電飾を巻き付け、響くのは繰り返されるクリスマスソング。  そんな雰囲気に後押しされて、日頃気にも留めなかったジュエリーショップのガラスのケースが気なったり、何と無く入り難かった女の子向けのキラキラとした店のアクセサリーを覗いたり、気付けばあちこち見て回るのが日課となった。  外出しなかった日でも、寝る前にはスマホを片手にあらゆるデザインのネックレスを検索する。  それは彼女と会えない日でも彼女が常に頭の中に居て、一緒に選んでいるような感覚だった。  会えない日々が楽しいなんて、それまで興味もなかった物を探すのがわくわくするなんて、恋の魔法は偉大だ。  そうしてあっという間に、クリスマス当日はやって来た。  プレゼントは、たくさんのリサーチの末『これだ』と思うものをきちんと用意した。  けれどこだわりの強い彼女が本当に気に入ってくれるのか、宝石にも好みがあるのではないか、一生懸命最高の品を選んだつもりだったが、正直不安だった。何しろ僕のセンスは客観的には最悪なのだ。 「……喜んでくれますように」  神頼みにも近い願いをネックレスにこめて、家を出る。  真新しいスーツと他所行きのワンピースなんて洒落た格好で待ち合わせたものの、クリスマス当日はどこも人混みが凄かった。  移動するにも大変で、予約したはずのレストランは手違いで満席。ロマンチックなイルミネーションも、雪が強くて見ていられない。  雪の中を彷徨った末、僕達はしかたなくコンビニでケーキと売れ残りのチキンを買って、へとへとになりながらいつもの僕のワンルームへと帰って来た。 「何か、今日はごめんね、白雪……」 「黒羽くんが締まらないのなんて、いつものことじゃない」 「う……」  開口一番謝った僕に対して、全くフォローになっていない白雪の率直な言葉に、余計にダメージを食らう。  彼女は気にした様子もなく小さなテーブルに皿やケーキを並べていくけれど、僕の気分はどん底だった。  せめてプレゼントだけでも渡そうと、コートと一緒に置いた小さな紙袋を手繰り寄せる。  しかし、肝心の紙袋やネックレスの入った箱は雪で濡れてしっとりとして、所々ふやけていた。 「あ……」  思い描いていた理想とは違う、散々なクリスマス。こんなんじゃ、告白なんて出来るはずがない。  惨めな気持ちで一杯になり、大の男が泣きそうになって、僕は慌てて背を向ける。これ以上、格好悪い所は見せられなかった。  けれど白雪はそんな僕に気付き、お構いなしに後ろから覗き込んできた。 「あら、ネックレス?」 「し、白雪! あの、いや、これは……」 「なぁに、私へのプレゼントじゃないの?」 「そう、だけど……濡れちゃったし、その……」 「中身は平気よ。いいから、見せて」 「はい……」  彼女の言葉に、僕はおずおずと湿った袋を手渡す。  本当は、お洒落なレストランで食事を終えた後に、スマートに渡すつもりだった。せっかくの新品のスーツも、こんな濡れ鼠じゃ台無しだ。 「これって……」  あれだけ楽しみだった彼女の反応が怖くて、恐る恐る視線を向ける。  すると彼女は、あの日語ってくれた時のように目を輝かせ、箱の中のネックレスを見詰めていた。 「えっと……どう、かな?」 「ねえ、これ、黒羽くんが選んだの?」 「うん……白雪に希望を聞いてから、色々探して……その、合ってる?」 「……」  彼女は答えずに、箱を傾けたり光に当てたりしてその輝きを眺めている。  シンプルなデザインでと言われていたし、最初はそのつもりで探していたけれど。最終的に僕が選んだのは、銀色の小さな雪の結晶の真ん中にキラキラと宝石が光るネックレスだった。 「ご、ごめんね。雪の結晶なんて、冬にしか付けられないかもだし……けど、これ見たら白雪のことが浮かんで、その……」 「嬉しい……」 「……え」 「嬉しいわ。ありがとう、黒羽くん」  彼女は箱を大切そうに胸に抱いて、まるで季節外れの花が咲いたように幸せそうに微笑む。  リクエスト通りとはいかないこのネックレスを、こんなにも喜んで貰えるなんて思わなかった。 「あのね、正直一粒石とかそういうのを想定してたの」 「う……だよね、シンプルって言ってたし……」 「でも、そんなこだわりより、あなたが私のことを考えて選んでくれた時間や想いが、こんなにも嬉しい。……あなたのことだから、たくさん悩んでくれたんでしょう?」 「……!」  僕のことを全て見透かすような彼女は、そう言ってようやく箱からネックレスを取り出して、その細いチェーンを揺らす。 「ねえ、付けて」 「あ、うん……」  長い髪を前に流し背を向けた彼女に、僕は指先を震わせながらネックレスを付ける。  糸みたいに細いチェーンが絡まないよう気を付けて、米粒みたいな小さな金具も、力加減を誤って壊してしまわないか心配だった。  留め金に素材が刻印されているとか聞いたけれど、見る余裕すらない。 「で、できた!」 「ふふ、ありがとう」  試行錯誤して何とか付け終わると、彼女は鏡を見て心底嬉しそうに微笑む。  その鏡に今世界で一番美しい人を聞いたら、間違いなく彼女だろう。  しばらく鏡を見てからくるりと振り向いた白雪は、満足そうに頷いて僕に問い掛ける。 「ねえ、どうして私がネックレス好きか、知ってる?」 「え? さあ……」 「あなたが初めて私にくれたプレゼントが、ネックレスだからよ」 「……へ?」  そう言って彼女がハンドバッグから取り出したのは、小さな巾着に入れられた、子供のお菓子売り場で売っているような玩具のネックレスだった。  今つけたものより随分大きく見えるチェーンは所々メッキが剥がれて、すっかり色が変わっている。とても綺麗とは言えない。  それでも大切にされているのが、彼女の手付きでわかった。  彼女の掌の上で煌めくのは、トップが大きくて、チェーンも太くて、シンプルでもない。子供が好きそうなちゃちなネックレス。  けれど、雪の結晶を模しているそれには、確かに見覚えがあった。 *******
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