溶けない雪の約束。

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 幼い頃、女の子への贈り物なんて当然わからなかった僕は、家族ぐるみの仲である白雪へのクリスマスプレゼントや誕生日プレゼントを、全部母親に用意して貰っていた。  けれどある年、お菓子売り場に売っていたそれを、ほんの気紛れで彼女に贈りたくなったのだ。  たまたま目についた、アクセサリーとラムネがセットになった女の子向けの食玩。パッケージに描かれていた雪の形のネックレスが彼女に似合う気がして、目が離せなくなった。  しかし、いざ贈ろうとすると何と無く恥ずかしくて、お小遣いを握りしめて誰にも内緒で買った時は、重大ミッションをクリアした気にすらなった。  その後のクリスマスパーティーで、いつも通り母親の選んだプレゼントを渡した後、こっそりと彼女を呼び出した僕は、二人きりになってからその箱を渡した。  僕から直接渡した、初めてのプレゼント。物凄く緊張してドキドキした。  けれどそんな緊張は僕だけで、彼女は増えたプレゼントを無邪気に喜んで受け取る。  そして、パッケージのものはあくまで見本らしく、何が入っているかわからない仕様のそれを、僕も興味深く覗き込んだ。  丁寧に箱を開けた彼女は、出てきた雪の結晶のデザインを見て、自分の名前と同じだとはしゃいだ。僕も、狙ったものが引けた喜びについ声を上げた。  すぐにハッとして、親に見付かると焦った僕に対して、あの時も彼女は「つけて」と言ったのだ。  小さな金具なんてなくて、首に通すだけのそれは僕にも簡単に出来て。子供のお小遣いで買える安っぽいそれを、まるでお姫様みたいだと微笑んだ白雪。  彼女を好きだと自覚したのは、ちょうどその頃だった気がする。 「ふふ。このデザインを選んだってことは、忘れてても、記憶の片隅にあったのかもしれないわね」 「……そうかも。……あの頃から、白雪は僕のお姫様だったから」 「え……?」  驚いたように瞬きをする彼女に、僕はそっと手を伸ばす。指先で軽く触れると、細いチェーンが彼女の首を魔法で彩るように、キラキラと光った。 「ねえ、白雪。大きくなって玩具のネックレスを付けられなくなったみたいに、春とか夏になったら、雪の結晶は付けられないかもしれない」 「それは……」 「……そしたらさ、また、新しいのを贈ってもいい? 新しい季節を迎える時に、今度は、二人で選びたいな」 「……! ええ、勿論。……それって、これからも側に居てくれるっていう約束よね?」 「うん……まずは、そのネックレスが冬の君の側に居られる約束ってことで、どうかな?」 「……ふふ。来年の冬は、お洒落なレストランも、イルミネーションも、二人で今年のリベンジをしないとね」 「来年こそちゃんと頑張るよ!」 「……期待してるわ。約束だからね」  格好いい告白も、最高のシチュエーションも台無しで、チキンはとっくに冷めているし、ケーキも崩れてしまっていて。クリスマスらしいツリーやリースの飾りもない。  あるのは質素なワンルームに似合わないお洒落をした僕達と、昔と今を繋ぐ溶けない二つの雪のネックレスだけ。  けれど来年の冬も、その先の冬も、これから先全ての季節が楽しみになった、溶けない雪が煌めく幸せなクリスマスの夜だった。
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