不幸のメール。

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「……ん?」  コートのポケットに入れていたスマホが、小さく震えた気がした。  けれど取り出してみても、着信も通知もなにもない。気のせいかと再びポケットに戻して、溜め息を吐く。  それはそうだ。このスマホに誰かからの連絡なんてあるはずがない。  友達も居らず、家族も居ない根っからのお一人様の僕が唯一生存確認のように定期的に連絡を取っていた幼馴染み『那智』は、先日事故で亡くなった。  僕がそのことを知ったのもニュースでたまたま見てのことだったし、知った頃には葬儀もとっくに済んでいた。  僕は今、完全にこの世界から孤立している。どこかに長く居座ることもなく、単発のアルバイトを繰り返してはその日暮らしをしていた。  生きていても死んでいても誰も気に留めない、居ても居なくてもいい存在だ。  本当ならもうこのスマホを解約しても問題ないのだろうけれど、そうするといよいよもって僕をこの世に繋ぎ止めるものがなくなる気がして、手放せなかった。  今スマホが震えた気がしたのも、唯一の拠り所だった那智恋しさから来るものだろうかと、自嘲する。  一人が気楽だと交流を避けながら、誰よりも一人が寂しくて。いつ死んでも構わないと宣いながら、生を手放せない。  そんな矛盾した弱さをどうにかしようと、僕は再びスマホをポケットから取り出す。  那智はもう居ないのだ。僕はこの先、この通知ひとつ来ることのないスマホを持って、一人で過ごすしかない。  それならば、この孤独に早く慣れなくては。  僕は公園のベンチに腰かけて、もう増えることのないメールの受信ボックスを開く。そこには那智からのメールが残っていた。  今時は文字のやりとりにはメッセージアプリを使うらしいが、那智としか話さないにも関わらずわざわざ覚えて使う必要性も見出だせず、結局入れることもなかった。 『あけましておめでとう! 今年は飲みに行こう!』 『同窓会の連絡来た? 行く?』 『生存確認! ちゃんとご飯食べてるかー?』  とりとめのない、けれど大切だった那智からのメールをひとつひとつ確認していく。  最初は思わず笑みがこぼれて、その内に、もう二度と新しいメールは来ないのだと、余計に胸が締め付けられた。 「……ん?」  滲む涙を拭っていると、ふと、那智からのメールの一通が、迷惑メールのボックスに入っているのに気付いた。  勝手に振り分けられていて気付かなかった。開いてすらいなかったそれを、僕は慌てて確認する。 「なんだこれ、不幸の手紙のメール版的な……?」  そこにあったのは『このメールを七日以内に七人に回さないと不幸になります』『メール内容を変更して回したり、届いたメールを削除するのは厳禁。消した瞬間呪われます』だとかいう、昔ながらのお決まりの文言だった。  友達の居ない僕にすらわかる、悪質なチェーンメールと呼ばれるものだろう。URLが添付されていたから、迷惑メールに分類されたらしい。 「那智もこんなの信じるんだな」  不幸になると言われるものを自分に回されたことよりも、そんな俗っぽい子供騙しに乗る那智が、いっそ微笑ましかった。  那智には、友達が多かった。運動部でしょっちゅう怪我をしていたのは心配だったけれど、よく先輩からも呼び出されて可愛がられていたし、学生時代は色んな友達に気前よくジュースやお菓子を奢っているのを見かけた。  僕にとっては唯一でも、那智にとってはたくさんのうちの一人。  それでも、友人に囲まれ笑う那智を遠くから見ているだけで良かった。たまにこうして思い出して、メールをくれるだけで良かった。 「……って、このメールを回す期限、今日までか。後一時間もない……し、僕には七人も回す相手が居ない。不幸のメールはここで終わりだな」  削除するなとの文言を無視してそのメールを削除して、溜め息を吐く。  こんなものじゃなく、もう一度メールが届いたのなら。また那智がこのスマホを震わせてくれたのなら、その先どんな不幸だって喜んで受け入れるのに。  そんな馬鹿げたことを考えた時だった。 「え……」  不意に、手の中のスマホが震えた。  驚いて見てみると、受信ボックスに新着を告げる数字が増えていた。  震える指先で受信ボックスを開くと、そこにはもう届くはずのなかった那智からのメールがあった。 『おまえなら、こっちに来てくれると思った』  その文言を見て、僕は気付いた。那智はメールの呪いによって、自らの意思で死んだのだ。呪いが先か、那智が死んだことで呪いとなったのかはわからないけれど。  呪いが先だとして、那智はメールに書かれていた条件を満たさず、僕にだけあのメールを送ったのかもしれない。  たくさんの内の一人じゃなく、僕だけに。僕ならば、同じくメールの呪いを受けると踏んで。 「……あははっ、うん。今逝くよ、また話そう、那智。一人は、寂しいもんな」  これから起きる不幸を理解しながらも、僕の心は震えるほどに満たされていた。
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