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「さぁ、どうする? 選ぶのはキミ。オレはどちらでもいいよ」
暮れてきた公園。
黒く長いコートを来た長身の男がこちらを向いて、微かに笑う。
切れ長の瞳が黒耀石のように艷やかな光を纏い、妖しげな色気を醸し出している。
一方で、男の着ている黒いロングコートの裾が風に煽られて、ハタハタと翻り、マントのように見えた。
夕日に照らされて長く伸びていた男の黒い影すら、夕日が沈むにつれマントと一体化して暗色を増していて、それが死神の装束を思わせた。
白澤 紗綾は小さく息を飲んだ。
夜が近づいているから気温は下がっている。
なのに、額に汗が浮かぶ。
呼吸が粗くなる。
どうしたらいいのか分からない。
そして、どうしてこの状況になったのかも紗綾には分からなかった。
◇ ◇ ◇
「残念ですが。お亡くなりです」
紗綾が連絡を受けて、深夜の救急病院に駆けつけた時に見たのは、小部屋でストレッチャーに横たわる高地 守の姿だった。
既に医師の姿はなく、看護師が静かに淡々と沙綾に状況を告げた。
眠っているようにしか見えない。
どういう事?
理由が分からずに沙綾は恋人である守の頬に自分の頬をつけた。
ほんのりと温かい。そして、柔らかい肌の感覚。数時間前まで生きていた証。
頭では分かっているのに、沙綾には守が眠っているようにしか見えなかった。
「守……、起きて。家に帰ろう」
紗綾はそっと守に声をかける。
守は白い顔のまま、微動だにしなかった。
もちろん、答えもない。
沙綾は幾度も守の頬に自分の頬を押し当てた。
駆けつけた時にはほんのりと温かかった守は、次第に冷たく、硬くなっていった。
その後守の親族に連絡し、いろいろな手続きをどうやって済ませたのか、全く記憶にない。
一生懸命に毎日を過ごし、気づけば守が亡くなってからひと月も経っていた。
人前ではかろうじて笑える。
仕事も元気にこなしている。
だけど。時折胸が詰まって息ができなくなる。
理由もなく、叫び出したい衝動にかられる。
好きだった料理、趣味も何もかもやりたくなくなった。食事も普段の量が食べられない。食べることに吐き気をもよおす。
さらには友人と話すことさえ、苦痛に感じた。
そんな辛い毎日なのに、涙は一滴も出なかった。
それが沙綾を傷つける。
自分は冷たい人間なのではないだろうか。
毎日が職場と家を往復するだけ。
それだけの事が今の沙綾には、やっとできる事だった。
今日もトボトボと帰宅している途中だったはずだ。
今日こそ、自分の家にある守の品物を片付けて、守のご両親にも渡さなければ、と考えていた。
想いと体の動きは反比例。ノロノロと公園の前を通りがかった時だった。
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