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「沙綾、今日は送別会が入ったから、少し遅くなるよ」
少しだけ疲れたように言う守。
「分かった」
あの日の朝、出勤準備で急いでいた沙綾は、短くそれだけ答えた。
「沙綾、週末、一緒に出かけないか? 二人で綺麗な景色を見に行こう」
突然の守の誘いに、沙綾は苦笑した。
「疲れているのだから、週末はゆっくりしたら? 私も溜まっている家事をこなしたいし」
クリーニングに持っていかなければならない物、お風呂やトイレ掃除、寝具類の取替を思い浮かべながら、そう答えた。
守は少しだけ残念そうに、「そっか」とだけ答えた。
なぜあの時に守に、あんな言い方をしてしまったのだろう。
家事なんていつでも出来たのに。
大切なのは守と一緒に過ごす時間だったハズなのに。
思い出すと、浅はかな自分に腹が立つ。
もしも週末、一緒に行くよと言っていたら。
そして、疲れているのだから送別会に行くのをやめたら? と言っていたら。
守が事故に遭った時に、ベッドで呑気に眠っていなかったら。
考えても仕方のない、「たられば」を繰り返し考えてしまう。
それは自分を慰めることではなく、自分を攻撃することでしかないと分かっていても、やめることができなかった。
既に日は暮れて、漆黒の夜が始まっている。
月すら出ていない。
俯いたまま、思考の奥深くに沈み込んでいく沙綾を見つめて、青年がそっと口を開く。
「守がキミの側にいると言っている」
反射的に顔を上げて、沙綾は青年の顔を見つめた。
「このままのキミを見ていられない、キミを支えたいと言うのが守の言い分だ」
そんな事が、あるのだろうか。
この青年に騙されているのではないだろうか。
そんな考えも頭をよぎる。
守を求める心が、その考えを吹き飛ばした。
「守……に会えるの?」
喉の奥底から声を絞り出した。
青年は沙綾の質問に少しだけ悲しげな表情を浮かべる。
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