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好きでしょ、僕のこと
『まだ僕が知らない、僕とちがうところが、かおりさんにはあるはず。それを見つけたいんだ。だからまずは、お互いのちがいである名前を自覚する。どうかな?』
『えー……でも、名前で呼ばれるのは……』
『ダメかな、かおりさん?』
『……いいよ』
『ありがとう! じゃ、僕のことは……』
『さ、さつきくん』
『……はい』
男子を名前で呼ぶなんて、人生初めてだ。それなのにすぐにOKしちゃったのは、彼の声があまりにもかっこよくて……!
『かおりさん』って呼ばれた声に、腰が砕けそうになったからだった。
もっと、もっと、『かおりさん』って呼んでー!!
……と、尻尾があれば振りたいくらい私は、さつきくんに呼ばれるのが好きになった。
そう、さつきくんを好きになったのではない。
さつきくんに呼ばれるのが、好きになっただけ!
そうなんだ、そうなんだよ……。
そして月日は流れ、文化祭の打ち上げのカラオケで、彼は歌ったのだ。
私の推しの歌、『きみに夢中でチューしたい』を!
その日の帰り道、私は足早に帰るさつきくんを追いかけて、言った。
『さつきくーん! いや、ごっちん! あなた、ごっちんだよー!』
『一曲歌っただけで興奮しすぎ』
『だってさ、ラストの投げキッス! あれ、私にしたよね?』
『かおりさんの目が血走ってて、あまりにも怖くてしたんだよ』
『はー、いたよ。ここにいたよ。さつきくんは、私のリアル推しだよ』
『リアル推しって?』
『身近にいる推しってことだよ!』
『かおりさん。それってさ』
さつきくんが振り返った。
……あれ。さつきくん、こんなに背が高かったっけ? 私が見上げないと目線が合わない。
私が転入したときよりも、さつきくんの身長はかなり伸びていた。
いつも隣にいたのに、さつきくんの変化に私は気づいていなかった。
『好きなんじゃないの? 僕のこと』
私は何を言われたのか、よくわからなかった。
好き? 誰が? 誰を?
『好きでしょ、僕のこと』
もう一度、さつきくんは言った。
私は衝撃で何も言えなかった。こんな風に、恋は芽生えるの……か?
『……いや、いや、いや! 絶対ない!』
私はダッシュでさつきくんを追い越した。さつきくんが追いかけてくる。
『認めなよ、かおりさん』
『無理!』
さつきくんが追いついた。
『ああ、まだダメかー』
『私はね、後藤かおりになるのが夢なの!』
『え、ごっちんと結婚したいの? それこそ無理だよ』
『ごっちんじゃなくていいの。どこかの後藤さんと入籍すればいい。推しと同じ名字!』
『全国の後藤さんに謝れよ』
『謝らない! 私を好きになってくれる後藤さんがいるかも』
『……ということは、ライバル多すぎだろ……』
『え、ライバルって……』
『まだ気づかないかあ……かおりさんの現代文の成績が悪い理由がわかったよ』
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