近くにいるから、わかる

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近くにいるから、わかる

『現代文、関係なくない!?』 『登場人物の気持ちを考えるの苦手でしょ?』 『なんでわかるの?』 さつきくんは、私を見て微笑んだ。 『近くにいるから、わかる』 さつきくんは私といるとき、たまにまぶしそうに目を細める。 スケッチ大会で動物園に行ったときと同じ表情だ。温泉に入るカピバラを眺めていた顔だ。 『平和だなあ、癒される……』と、さつきくんはカピバラをずっと見つめていた。 さつきくん……私を見て、カピバラを思い出しているのか? さつきくんが好きな歌手って誰かな……。好きなドラマがわかれば、主題歌を歌うのもありだよね。 私は帰宅するとベッドに寝転がって、いままでのさつきくんとのやり取りを思い出した。 「こういうとき、SNSアカウントを交換していたら便利なんだけどなあ……」 アカウントを交換する機会は何度もあった。 けれどスマホでつながったら、いままでとちがう関係になってしまうような気がした。だから、さつきくんに「アカウント教えて」と言われても秘密にしていた。 男子と女子で確かな絆を育んだら、その先にあるのはきっと恋愛関係だ。そのゴールには、辿り着きたくない。 さつきくんは、彼氏にしたくない。 さつきくんは、仲間だから。 ひらがな仲間で、小林仲間。 私たちは、好き同士でつながったんじゃない。 恋人同士よりも特別な固い絆で結ばれているんだ。 恋人なら、好きじゃなくなったら離れ離れだ。 でも『小林かおり』、『小林さつき』……と、名前でつながった私たちは、ずっとずっと仲間なんだ。 放課後、私はさつきくんと公園でブランコに乗っていた。 ふたりでしゃべりながらお互い、ブランコを交互に前に揺らす。ここのブランコは立ち漕ぎ禁止だ。まだ幼稚園や保育所、小学校が終わる時間ではない。 「うれしいなあ。公園で、かおりさんを独り占め」 「え、恥ずかしいこと言わないでよ」 「まちがえた。公園のブランコを、かおりさんと独り占め、だった。あ、かおりさんとだから独り占めとは言わないかあ」 私たちは放課後になるとよく、子どもたちがいないタイミングを見つけては、ブランコに乗っていた。 さつきくんといっしょにブランコに乗り、季節の風にあたり、草花や晩ごはんの匂いを嗅いで、たくさんの景色を見てきた。 「かおりさんがうちの学校に来てくれて、ほんとよかったなあ」 「どうしたの? 急に」 「僕、かおりさんに会うのが楽しみで学校に来てたからさ」 「何それ。他に楽しみないの?」 「ないよ。なかったんだ……」 さつきくんは、ブランコを止めた。 「あーあ。いじわるしないで、もう自分から言っちゃうか……かおりさん、あのね」 さつきくんの表情が固くなる。 「いやなんだ……卒業式の歌が」 「いやって、どういうこと?」 私が質問しても、さつきくんはうつむいて自分の足元を見つめている。
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