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桜の友に愛を告げたい
さつきくんが、私を見ている。まっすぐに私を見つめている。
「かおりさんと歌いたい。『桜は愛の花』を。僕の思い出を塗り替えてよ。あの歌を宝物の歌にしよう。そうすれば、僕はちゃんと歌えるから」
「うん!」
桜は愛の花 愛の花
きみを待つ愛の花
互いの道を歩むぼくらは
いまだ願いの途中
いつか会う日を夢見て
いまはさよならを言おう
さつきくんは私をしっかりと見つめている。私も、さつきくんを見つめた。
友よ ああ友よ
きみは桜の友
はじめはちいさかったけど、ラストは大きく響き渡る歌声で、私たちは歌った。
その歌を噛み締めるかのように、私たちは無言で見つめ合った。
さつきくん。
あなたはいつも、こんな優しいまなざしで私を見ていたの? 私と出会ってからずっと、こんな瞳をしていたの?
さつきくんと目を合わせると、胸が苦しくなるくらい切なくなる。
これから先、さつきくんが目に焼き付けるものは、私だけでいてほしい。
この叶うことのない想いは、なんと名付けたらいいのだろうか。
「ありがとう、かおりさん」
さつきくんが笑った。つらい過去を話してくれたときの顔とはちがう。
春を待ちきれない花が一斉に咲いたような、素敵な笑顔だった。
晴れやかなさつきくんの顔。
私の瞳がカメラだったら、何度もシャッターを押していただろう。そして誰にも見せない心のアルバムにしまって、人生の最後の日までずっと眺めるんだ。
卒業式がやってきた。
さつきくんはちゃんと歌ってくれた。さつきくんの歌声は、私の胸の芯に届いた。
不思議だな、みんなの歌声と混ざっていたのに、私の体の奥まで響いてきた。
「かおりさん。歌ってるとき、僕を見すぎだよ」
「いいじゃん。見たかったんだから」
卒業式が終わったあと、さつきくんと私は教室にいた。他には誰もいない。
黒板にはチョークで書いた、クラスメイトみんなの寄せ書きがあった。校庭には記念撮影している卒業生たちがいた。
「かおりさん。『桜は愛の花』に、幻の四番があるって知ってる?」
「知らない。どんなの?」
「えっとね……」
桜は愛の花 愛の花
かおるきみとの思い出の花
互いの道を歩むぼくらは
ともに愛の道を歩めないか?
いつか会う日なんか待てなくて
さよならなんか言いたくなくて
友よ ああ友よ
桜の友に愛を告げたい
「さつきくん……」
「泣いてるの、かおりさん?」
「あ、あれ!?」
私はブレザーの袖で、涙で濡れた頬を何度も拭った。私が腕を動かすと、ブレザーの胸元につけた薔薇の飾りが音を立てた。
「無理矢理こすると、目が真っ赤になるよ。ほら」
さつきくんがハンカチを制服のポケットから取り出す。ブルーとホワイトのチェックのハンカチ。
私の目元にハンカチを押しつけるようにして、涙を拭ってくれた。
「用意がいいね」
「もう使用済み」
「え?」
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