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きらめきのファーストキス
「卒業式で歌ったあとにじーんときて、使っちゃった。あーあ。内緒にしたかったのに、かおりさんがピーピー泣くからさー」
「ピーピー泣いてないよ。ロマンチックな歌詞だから、びっくりしただけ」
「いい歌詞でしょ?」
「うん!」
さつきくんはポケットにハンカチをしまうと、にやりと笑みを浮かべた。
「小林さつき作詞だからね」
「もう、私の感動を返して!」
「いいじゃん、泣くぐらいよかったんでしょ?」
繰り返し、さつきくんの胸を軽く叩いた。さつきくんは笑っている。
「歌詞の意味、わかった?」
「意味って?」
「意味わかったから、泣いたんじゃないの?」
「え、そうなのかな。なんか胸がギュッと締め付けられたけど……」
「かおりさん……」
さつきくんががっくり肩を落としている。
「寝ないで考えた告白がこの結果かよ……ああ、もう! かおりさん!」
「は、はい!」
急に呼ばれて、私は背筋を伸ばした。
「好きなんだよ、かおりさんが」
「え……」
「仲良くしてくれる女子と毎日いっしょにいたら、好きになるのが当たり前でしょ。それにさ……か、かわいいし……」
「私って、かわいい?」
「告白スルーかよ!」
「ごめん、ごめん! かわいいって、家族や、おじいちゃん、おばあちゃんにしか言われたことなくてさ」
「そこなんだよねー、無自覚のかわいさは刺激強すぎなんだよ……」
「そ、そうなの?」
「ねえ、かおりさん。かおりさんは僕のことをどう思う?」
「どうって……」
「現代文学年一位の僕の見立てでは、かおりさんはかなり脈ありと思うんですが……」
さつきくんが私の手を取る。
「手」
「あ、ごめん。つい……」
さつきくんは謝っても、私の手を離さなかった。
「さつきくんの手、あったかい……」
「手の感想じゃなくてさ……」
「ごめん! ずっと手をつないでいたいって思ったの」
「どうして?」
「どうしてって……?」
「その理由、僕に説明できる?」
「あったかいからかな……わー、さつきくん、がっかりしないで! じゃなくて……えっと、えっと……」
私があれこれしゃべっているあいだ、さつきくんは私をじっと見つめている。
「見ないで……見つめられたら、言葉なんか出てこないよ……ドキドキするから……」
「そっか、ドキドキするのか!」
さつきくんは吹き出した。
そして、まぶしそうに目を細めて、私を抱きしめた。
「ちょっと、さつきくん!」
「答えが出てんじゃん、かおりさん」
「うん……ドキドキするのって、あれだよね」
漫画にドラマに映画にアニメ。あらゆるエンタメ作品で、ふたりのキャラクターが気づく感情だ。
「恋だ……私、さつきくんに恋、してるんだ……」
「そうだよ、そう。やっと気づいたか」
「好きなんだ、私。さつきくんのことが……」
「うん。僕もかおりさんが好き」
「両思いなんだ……」
「もちろん」
「あ、あのさ……」
「何?」
私は見上げた。
その瞬間、顔が熱くなった。好きと自覚したら、さつきくんと目を合うことが、私にとって特別なことになった。
「あ、あのさ……恋愛関係って、ひらがな仲間で小林仲間とはちがうよね?」
「レベルアップした関係だね」
「好きじゃなくなったら、離れ離れになるんだよ。いやだよ、そんなの」
「そんなことが不安なんだ。大丈夫だよ。好きかどうか悩んだら、立ち止まって考えればいいんだ」
「立ち止まって考える……」
「そう。僕のことが好きじゃないって思ったら、ちゃんと話してね。本当にきみが僕を好きじゃなくなったか、ふたりで考えよう」
「うん……」
「こんな風に僕といっしょに自分の気持ちをゆっくり考えたら、やっぱり好きだって気づけるから」
「さすが、現代文学年一位。説得力ある……」
「まるめこむのうまいからね」
「もう!」
私はまた、さつきくんの胸を何度も叩いた。
その両手を、さつきくんがつかむ。
「かおり」
「さん付けしないの?」と返事をしようとしたら、強く引き寄せられた。
自然と、私たちは寄り添う。
誰もいない教室。はしゃぐ声が遠くから聞こえる。
さつきくんの背後の窓から、空を舞う桜が見える。
初めてのキスは、陽の光に照らされた花びらのきらめきのようだった。
さつきくんと私は、これからどんな一瞬を刻んでいくんだろう。私たちの未来には、忘れたくないくらいのたくさんのことが待っているはず。
全部、全部、宝物にしていくんだ。
楽しみで仕方なくて、私は胸がいっぱいになった。
【了】
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