その人を消します

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「すみません。落としましたよ。」 その人は爽やかに微笑むと 私の手に拾ったものを乗せた。 美しい男の人に手渡されると こうも自然に受け取ってしまうものなのだろうか。 余韻に浸っているのも束の間 当の美男子は遥か彼方小さくなった背中が人混みに消えてゆく。 一人、取り残された私は手の中のものを見た。 それは私が落としたものではなかった。 「タブレット?」 見たこともない形状だ。 なんとなくサイドボタンを押してみる。 ふっと画面が明るくなった。 黒い背景に白抜きの文字が浮かび上がる。 『その人を消します』 スクロールして説明文を読む。 どうやら対象者の写真をこのタブレットで撮影して 画像をタップしてゴミ箱のアイコンに触れるだけで その対象者はこの世から消えるらしい。 嘘だぁ。 と、思っても一度しか消せないらしくお試しもできない。 私はごくりと喉を鳴らした。 信憑性はない。 イタズラに振り回されているのはわかりきっている。 でも・・本当だったら? 朝から小言がうるさい母親が脳裏をかすめる。 いやいやいや・・本当に消えても困る。 困らないけど消えて欲しい人・・ こないだ別れた彼氏・・ あいつを消して全てをなかった事にするか・・ 待てよ・・ 何かと私を敵対視する目障りな女がいた。 リサだ。 とその時 「きのこ〜」 リサの声が私を呼んだ。塾の時間か・・ 会わないように時間をずらしたのに 足止めされたせいでバッティングしてしまった。 大体、私は希織子(きおこ)だ。 昔っからリサは私を見ると馬鹿にする。 私の髪が人よりちょっと多くて、 ちょっと短いからってきのこに似てると嘲笑う。 私の成績を抜けないからって逆恨みだ。 鬱陶しい事この上ない。 こいつを消してやる。 得体の知れない緊張感で 冷たく湿った手でタブレットを握りしめる。 と、その時リサがほくそ笑んだ。 「きのこ〜、バイバイ。」 ___プンっ______ 「わお! ほんとに消えた!」 リサは 笑いながら手に持っていたタブレットを 後ろ手に放り投げると 何事もなかったように人混みに消えていった。
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