<1・落下。>

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<1・落下。>

 その瞳はまるで、ガラス玉のようにぽっかりと宙を見ている。  生前はくるくると表情を変えていた顔。様々な言葉を話した唇。全てが冷たく、凍り付いたように固まってしまっていた。  青紫色の染まった唇の端から僅かに垂れるのは、一筋の赤。僅かに泡立ったそれが廊下まで流れているのを、白樺(しらかば)ゆいなは黙って見つめることしかできなかった。  死んでいる。  彼女がそこで、死んでいる。 「なんで」  喉から漏れるのは、掠れた声のみ。 「なんで、こんなことに、なってんの……?」  階段の下で倒れている彼女は、自分達の大切なクラスメートだ。これだけ見れば、彼女が階段から落ちてしまったようにも見えるかもしれない。仰向けで、首が少しねじ曲がっていて、いかにもそれらしく見えるだろう。  それでも多分。この場にいる全員が思っていたはずだ。これは、ただの事故などではない。だって階段から落ちたにしては、その体はあまりにもおかしい。  だってそうだろう。 「ない」  後ろから声が聞こえた。 「ない、ない、ない……ないわ。ないないない、ない、ない、ない……」  ゆいなが振り返ると、そこにはおさげ髪に眼鏡のクラスメートが立っている。その表情は引きつり笑いだったが、その笑いが恐怖から来るものか、あるいは喜悦によるものかは判別がつかなかった。  ただ笑っている。  死体を見て、けらけらと掠れた声で笑っている、異常。 「ないわ。なくなってる」  ただ、彼女が何を“無い”と指摘しているのかは明らかだった。 「内臓が、なくなってる」  そう。  倒れている少女は、お腹が異様なほどべっこりとへこんでいる。さながら、腸をごっそり何かに食われたかのように。  おかしなことだ。口元以外から血が流れている様子はないのに。人間の内臓を、お腹を切らずに吸い上げることなんか人の手でできるはずもないのに。  否。  それができる存在を、自分達はただ一つだけ知っているのだ。 「ない、ない、ない、ふひひひひひひひ、あはははははははははは、ははははははははははははははははははははははははは、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」  おさげの少女は、狂ったように笑う、嗤う、哂う。 「ニコさんの呪いよ!!」  遠くで、天罰のように雷が――鳴った。
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