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正直、彼に静かに諭される方が、沙穂にお説教されるよりも聴いた。ゆいなはしずしずとテーブルの前に戻る。
そこにはまっさらなままの数学ドリルと、名前さえ書いてない状態の原稿用紙が。
「……どうすればいいのさ」
正直、既に集中力は切れている。勉強できる気がまったくしない。多分、もう一度再開したところでまた眠気に襲われるのがオチだろう。
「数学の公式さえ頭に入ってこないのに……日本史のエライ人の名前とか、理科の薬品の名前とか、そういうの覚えられるはずがないよ。私は、二人と頭の出来が違うんだよお……」
「確かに、同じことを学んでも、どれくらい取り入れられるかは人によって異なる。それこそ、10%の努力で何とかなる人と、120%頑張っても身につかない人を同列に並べるべきではないと俺も思う」
「でしょ?」
「それでも、最低限の計算や読解はできるようにならないと、後でとても苦労することになる。少なくとも、頑張って勉強した痕跡が見えるくらいには、できるようになった方がいい。心配しなくても、公立の中学校で留年なんて滅多にないから」
「うう……」
良い成績を取ろう、ではなく頑張った痕跡が見えるくらいにはしよう、ときた。
不思議なものだ。それならちょっとくらいは自分にもできるんじゃないか、という気がしてくるのだから。
「……相変わらず、亞音はゆいなに甘いなあ。まるでお兄ちゃんや」
沙穂が呆れたようにため息をついているがスルーだ。正直、ゆいなもなんとなくそう思っているところである。
不思議なこと。小さな頃から今にいたるまで、ゆいなの方が背は大きいし運動神経もいいのに、こちらが助けて貰ってばかりなのだから。――本当は、それではいけないと自分でもわかっているのだけれど。
「ゆいなの集中力が戻るように、少しだけ休憩するか」
そんなゆいなの心を知ってか知らずか、息をひとつ吐いて亞音が言ったのだった。
「ゆいなが好きそうなネタがある。少し興味深い怪談を聴いたんだ。……うちの学校に関する、呪いの話を」
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