お疲れですか、コーヒーをどうぞ

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 コーヒー片手に「はあっ」と大きく息を吐いた。 『あら、ため息?』 「ん? 誰だ?」  はて、空耳かな。やはり疲れているのだろう。またため息を吐いて、コーヒーをすする。 『ふふ、そんなそろそろと飲まないで。くすぐったいじゃない』 「な、なんだ!?」  俺は慌ててカップを口から離した。ふふふ、と、確かにカップから声がした。 「カップが喋ったのか?」 『いやね、私よ、コーヒーよ』 「コーヒー?」  私はカップの中を覗き込む。ただのコーヒーだ。これが喋ったのか? 『ふふ、そうよ、私よ』 「わっ」  声に合わせてコーヒーが震えた。なんだなんだ。何が起こっている? 『もう、コーヒーが喋ったくらいで、そんなに驚かないでよ』 「いや、驚くだろう。何故喋るんだ?」 『さあ? 私にもよくわからないわ。ただ、あなたのその白けたため息を聞いていたら、声をかけたくなったのよ』  コーヒーはまた『ふふっ』と笑う。ふふ、ふふ、っと笑うたび、コーヒーがプクプクと音を立てる。 「気味が悪いぞ。喋るのをやめてくれないか」 『あら、どうして?』 「落ち着いてコーヒーを飲めないだろう」 『だったら、あなたのそのため息を吐くのをやめてちょうだいよ。そんな疲れた声を聞かされて、私も気持ちのいいものではないもの』 「コーヒーは疲れたときこそ飲むものだろう? 俺はコーヒーにまで気を遣わなくちゃいけないってのか?」  コーヒーがおかしそうに震えた。 『あらあら、疲れたときにコーヒーを飲むっていうのはあなた方人間の勝手な言い分でしょう? 私は迷惑だわ。もっと楽しそうに飲んでくれなくちゃ』 「それじゃどうしろっていうんだ?」  コーヒーの震えがピタッと止まった。 「……おい?」  呼びかけるがコーヒーは返事をしない。本当に疲れているのかもしれない。  また思わずため息を吐きそうになるが、喉に無理やり押し込めて、コーヒーを一口すすった。 「……うまい」  ふっと笑みがこぼれると、コーヒーがまた震えた。
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