かさ地蔵の恩返し

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かさ地蔵の恩返し

 ある雪の日の夜。  僕は塾の帰りにお地蔵さんの前を通った。  ほこらがないので頭の上に雪が積もって寒そうだ。  僕はドジャースの野球帽をあげることにした。  別に『かさこじぞう』を知っているからじゃない。  願いごとなんてなかった。 「こんな夜に寒そうだな」  単純にそう思ったからだ。  僕はそっとお地蔵さんの頭の上の雪を払った。  そして、青い野球帽をかぶせてあげた。  ブカブカでお地蔵さんの顔が隠れた。  僕はいい気分でまた自転車に乗って帰った。  帽子は惜しくなかった。  昔、ジイちゃんが買ってずっと保管していたものだ。  野茂選手がドジャースにいた頃で、三十年ほど前のことらしい。  僕が「貴重品じゃん」と言うと、簡単に「やるよ」と譲ってくれた。  僕はそんなに欲しかったわけじゃない。  多分、ジイもそんなに思い入れがない帽子だったのだろう。  僕は帽子をお地蔵さんにあげることができて良かったと思った。  恩返しは期待していなかった。  ただ……。 「コハルちゃんと仲良くなれますように!」  早口だけど、僕は心の中で呟いていた。  すごく早口で。  本気でお願いした訳じゃない。  早口だったのがその証拠だ。 「コハルちゃんと仲良くなれますようにッ!」  早口だから、絶対にお地蔵さんには伝わっていないと思った。  それぐらい早口だった。  マジで。  しばらくして、道端に積もった雪もすっかり解けた頃。  朝、教室に入ったら女子たちが輪になって神妙な顔つきで話していた。 「マジで?」 「コワくない?」  何の話だろう? 「夜中にカーテンを開けたら、でしょ?」 「絶対ムリ! アタシだったらすぐに警察呼ぶ!」  まさか、泥棒?  輪の中心にいるのは、何とコハルちゃんだった。  中二の学年の中で一番控えめなコハルちゃんがいったいどんな怖い目に?  僕は聞き耳を立てた。 「それ、ホントにお地蔵さんだったの?」  クラス委員長の小林さんが尋ねた。 「お地蔵さん?」  ピクリと僕の耳が反応する。  コハルちゃんが小さな声で「うん」と答えた。  小林さんが質問を続けた。 「で、ホントにそのお地蔵さんが『今、好きな子いる?』って聞いたの?」  また、「うん」と答えるコハルちゃん。 「それ、誰かに頼まれたんじゃない?」  別の女子が口を挟む。 「コハルのことを好きな誰かがお地蔵さんに?」 「だって、お地蔵さんはコハルに告白しないでしょ?」 「そうよね」  ヤバイ。僕のことを言われている気分だ。 「それって誰?」  僕の心臓がドキンと鳴る。 「そのお地蔵さん、帽子をかぶってたのよね?」 「この帽子をあげるかわりにコハルに好きな子がいるか聞いてくれ、とか?」 「それって『かさこじぞう』じゃない?」  いやいや、そういうつもりじゃないし!  『かさこじぞう』もそんな話じゃないだろ。 「それでお地蔵さんがコハルの家に来たの?」  違う、違う!  そういうお願いもしてないし。 「かわいそう! お地蔵さんって恋愛系苦手でしょ!」 「お地蔵さんに恋愛相談はNGだよね?」  ちょっと!  そんなキメツケは良くないぞ! 「ドジャースの野球帽だったんでしょ」 「そう言えば、高橋クンかぶってなかった?」  うっ。 「あ、かぶってた!」 「でも、この前の塾の時かぶってなかったかも?」 「エッ? じゃ、確定じゃん」  一斉に女子たちの視線が僕に注がれる。  それを横目に感じながら、僕はゆっくりと授業の準備を始める。  そろり、そろり。 「……何か動きが怪しい」 「アタシらの話、聞いてた感じしない?」 「見て! 耳が赤くなってきたッ」  止めようとしても、どんどん耳が熱くなるのが分かる。  冬なのに全身から汗が噴き出るのを感じた。  それから僕は、雪を見ると胸がドキドキするようになった。  トキメキじゃない。  きっと、あの雪の思い出のせいだ。  今年からはテレビで大谷選手を見ると耳が赤くなるようにもなった。  あの伝統の帽子の色、大谷選手の力で変わらないかな? (了)
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