フユノアルヒノコト

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 古びた講義棟で、建てつけの悪い窓が、吹きつける風に揺らされかたかたと細かく震えている。それを横目でちらりと一瞥するあたしの心は、雪がこの街に降り積もるよりもはるか前から、揺れていた。  周囲に流されてなんとなく受験勉強をして、それなりの大学に滑り込んだはいいけれど、特に将来に対する希望があるわけでもなかったし、やりたい勉強があるわけでもなかった。だからこそ、こうして大講義室で刑法の講義を受けながら、ぼんやりと考え事をするくらいの余裕がある。  余裕? 違う。これは明らかなる怠惰だ。  法律は必ずしも正しい人を護り、悪いやつを裁いてくれるわけではない。結局のところ、どう解釈をしてどう使うのかによって、結果は変わる。こんな解釈が正しいはずがない……と思っても、裁判所が「こうだ」と認めれば、それが正しいということになる。そう思うと、あたしが今やっているこの勉強には、いったい何の意味があるのかと考えてしまう。人の好き勝手で正義のかたちが変わってしまうのなら、いま黒板の前で偉そうにモソモソと講釈を垂れている教授の言っていることが、必ずしも正しいとは言い難いんじゃないだろうか。  そもそも、さっきこの教授は、私はこの部分に未必の故意を認めた裁判所の判断は間違っていると思う……などと言っていた。つまりは、数ヵ月後の期末試験の答案には、そのように書かなければいけないということに他ならない。特にこの教授はカタブツで、これまでにいくら判例に沿った答案を作れと習ってきていても、自分が教えた通りの答案でなければ、そんなひねくれた学生に単位などくれるはずもない。こんなにもばかげたことはあるだろうか。正義はどこにあるのだろう。というかこれが正義でこれは悪だ……なんて決める権利、誰にあるんだ。あたしが決められることって、この世界にどれだけあるのかな。  思いつつ、さらさらと、ルーズリーフにシャープペンシルの先を滑らせた。ほぼ寝ぼけ眼って感じの腑抜けた線が踊って、ひとつの文字を作り出す。このノートを読み返した時の自分がどう思うかなんていうのは、もはや二の次だ。もう少し真面目にノートを取れ……と思うのかもしれないし、よく寝ないで講義を聴いていた! などと称賛するのかもしれない。どのみち、それは未来のあたしが判断すればいいことだ。  よかった。まだ自分で決められる未来がある。  あたしだって、まだ自分なりの正義を見つけられるのかもしれない。
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