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夜遅くから降り出した雪で、窓の外の世界は昨日よりも一層白く染まっていた。枕元に放ったままのスマートフォンに指を滑らせる。朝に自分の部屋で目覚めた瞬間、自分には何もできることがないと思い知る絶望感とは裏腹に、しんしんと雪が降り積もるさまは、目にやさしく映るから不思議だ。
JRの運転見合わせを知らせるホームページを閉じると、枕元にスマートフォンを放った。きょうは物理的に、大学へは行けそうもない。どうせバスもまともに動いていないだろうし、この降り方から考えて、駅やバス停までの道のりも壮絶なものになっているはずだ。大丈夫大丈夫、きっと教授たちだって来れないって。単位より命のほうが大事だ……と、なんとか自分を宥めすかす。
仰向けに体勢を変えて、見慣れた天井を眺めた。あたしの部屋のベッドは、大学に入学するにあたって一人暮らしを始めるとき、新しく買ったものだ。当然大きさはシングルなわけで、誰かと一緒にここで眠ることなんかないだろう……と思っていた数年前が、懐かしくもある。
「……ん、朝?」
少し遅れて、隣の朋起も、目を覚ましたようだった。ベッドは仰向けだと肩と肩が触れ合ってしまう程度の広さしかないから、隣にいる存在の様子はよくわかる。お互い、布団とタオルケットの重なった下は、この世に生まれ落ちたときの姿。筋肉がもりもりなわけでもない、どこにでもいる痩せっぽちだけれど、あたしは朋起の胸の中で、ヒトの身体が放つぬくもりに包まれながら眠るのが好きだった。
一昔前までは「色ボケだ」と唾棄していたであろう感情を、今のあたしは大切に、壊さないように愛でている。人間なんてそんなものだ。四季と同じように、ころころと移り変わる。けれどあたしと朋起の間には、今のところ冬だけが来ない。
「おはよ」
朋起は寝ぼけ眼をこすりながら、窓の外をちらりと見やる。驚きに目が見開かれていくのが横顔でも確認できて、可笑しかった。
「げ、すげえ雪降ってる。なんだよこれ」
驚愕する朋起に「列車、動いてないって」と教えてあげた。なぜだか分からないけれど、自分でも驚くくらい穏やかな声が出た。
「なんだ。じゃあ大学行けねーじゃん。仕方ない」
そう言うや否や、掛け布団の下で、朋起の手があたしの胸のあたりにのびてくるのを感じた。あたしはすばやく身をよじって、その手を避ける。
「ちょっと、何考えてんの」
「だって、大学行けないから――」
「理由になってない。論理が破綻してる。ダメ。不可。再履。留年」
「起きぬけにそんな罵倒しなくてもいいじゃんか」
思いつく限りの批判に観念した様子で、朋起は口元のあたりまで布団にうずまった。あたしは決して深いスキンシップが嫌いじゃない方だけど、朝っぱらからする気になどならない。このばかやろう。おとなしくモーニングコーヒーでも飲んでろ。
いや、朋起が自分でコーヒーを淹れるなんてことをするわけがない。でも、とりあえずこの色ボケにも頭をしゃんとしてもらわないといけないな。つまりは、あたしが用意してあげるほかないだろう。
はぁ……と溜息をつきながら布団から抜け出そうとして、あたしは部屋の中、正確には布団の外側すべてを支配している、ある異変に気づいた。
「ねえ」
「んー?」
あたしに背を向け、もうひと眠りしようとしていた様子の朋起の後ろから、あたしは腕を伸ばして、身体を近づけた。
「昨日、寝る前にストーブのタイマー、入れたよね」
「えっ……あ」
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