御曹司の花嫁は退屈

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「あーぁ、せめて早く、試験が終わってくれないかしら?」  じわじわと、端から消えていく窓の文字を眺めながら、私は何度目かのため息をつく。    私にため息をつかせている試験は、自分が受ける試験ではない。 「特に試験となると、藤孝(ふじたか)様はずっとお部屋で、お勉強してばかりなんだもの。  そういうワタクシは、帝大(ていだい)に通う夫の帰りを、毎日おとなしくお屋敷で待つばかり……かぁ」 (※帝大は、『東京帝国大学』の略。現在の東京大学のこと)  今日はお義母(かあ)様もいらっしゃらなくて、話す相手のいない私は、ついひとり言を漏らしてしまう。    この日本有数の大財閥である一井(いちい)家の、広い西洋風屋敷に暮らしはじめて、早四か月。  豪邸の二階、東側に位置する洋間を自室として与えられ、毎日退屈な日々を過ごしていた。 「やっぱり、お嫁に来るのは早かったのかしら?  こんなことなら、きちんと女学校を卒業してからでもよかったのではないの?」  あまりにも退屈で、今となっては、どうすることもできない不満を口にする。  手持無沙汰(てもちぶさた)に、背中まで伸ばした黒髪を編んでみたり、ほどいたりを繰り返した。  藤孝(ふじたか)様が、まだ帰って来る時間ではないのは、分かっているけれど、待ち遠しくて、窓の外を眺める。 「藤孝様と一緒に、したいのにな……。  ワタクシが我慢したら、今度こそうまくやれるはず……よね?」  とは、愛しの夫であるこの家の次期当主、一井 藤孝(いちい ふじたか)様との、二人だけの秘密の言葉。  まじめな藤孝様が帝大生らしく言い出した、二人の身体のことを知る行為。  つまり、夫婦の営みのことなんだけど、この四か月の間、私たちは口づけしか、していない。
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