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赤井のコーヒー
重だるい朝だ。
浅い睡眠から目覚めると、憎たらしいくらい寝起きの良い赤井が、ピカピカの顔でパンを食べている。
寝癖。
「おはよう」
わたしがそう言うと、赤井は口の中いっぱいにパンをほおばり、またまぶしく笑う。
赤井の「おはようございます」はハ行とマ行だけで成り立っていた。
無邪気。
昨日の赤井に対するわたしのよこしまな感情に、罪悪感を抱き胸が痛くなった。
「先輩、パン食べる?さっき下のコンビニで買ってきた」
あとこれ。と言って赤井は暖かいドリップコーヒーのカップを指さした。
「コーヒー、好きでしょ?一緒に買っといた。あったかいよ」
わたしが毎日出勤時にコーヒーを買っているのを知っていたのか。
そういうとこだぞ、赤井。
君はどうして無意識に生きているのか、おねえさんに教えてくれ。
「赤井くんてさ、なんで今の彼女と付き合うようになったの?」
わたしはコーヒーを飲みながら聞いた。
「ん~、なんか告られて。あ、あのね、新人の総務の子だよ。」
おっと、また爆弾発言来たな。
「え、会社の子?あんたそれ本当に何なの?そんなんでよく来れたね」
でも、とか、だって、とかゴニョゴニョと言い始めた赤井を制し、わたしは続けた。
「ふつう彼氏が、女の家とか、嫌でしょ、何もなくても。しかも会社のまぁまぁ年いってる先輩とか、無理だわぁ…」
まあ、今さらしょうがないんだけど…
「とにかく、今日デートなんでしょ?わたしも予定あるし、早いとこ帰ってくれない?こういうのもうやめてね、いい?」
「うん、はい。わかった」
拗ねてる。
バタバタと追い立てられるように帰り支度をして、玄関で靴を履いた赤井は「ありがとうございました。」といつになく丁寧にお辞儀をした。
「うん、いいよ。コーヒーありがとね。ああ、今日頑張ってね、大丈夫だよ赤井くんなら」
お泊りデートで童貞卒業予定の赤井を送り出す。
急に無口になった赤井はうつむいたまま出て行ってしまった。
ドアが閉まる直前に見えたのは、こちらに向けられた、赤井の怒ったような顔と泣きそうな眼だった。
何故だ。
テーブルの上のコーヒーはまだ湯気が立っていた。
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