赤井の自意識

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赤井の自意識

寒くなってくると、同僚や後輩はあまりうちに来たがらない。 飲んだ後に来ても、ぬくぬくとしたお布団で寝られないから。 わたしはあえて居心地悪くしている。 人が来るのは大歓迎。でもできるだけ面倒なことはしたくないから、布団や毛布は最低限おいてあるだけ。 その適当さが、気兼ねなくうちに来れる理由でもあるけど。雑魚寝できる程度の季節がちょうどいい。 赤井はあの日からいちども来ていない。 もうずいぶん肌寒くなっていた。 静かな季節がやってくる。 急に冷えたのか、いつもより寒く感じて、仕事が終わるとすぐに帰宅した。 お風呂を沸かし、温度高めでギリギリまで温まる。 体温を上げて水分取って寝れば、これでいつもすぐ治る。 まだ余裕だな。風邪ひく前におさまる。 早く寝ないと。 ぴんぽん、とインターホンが鳴った。 見ると、赤井が立っている。 あぁ、なんて間の悪い男なんだ。 赤井はいつもタイミングが悪い。 「先輩、ちょっと相談あるんだけど」 と、いつものように杏露酒とマールボロをぶら下げてきた。 どうしたの? と言われる前に。 はは、そこだけ成長してる。 赤井を部屋に入れ、わたしはお湯を沸かす。 めったにやらない杏露酒のお湯割りをつくろう。 ロックが一番おいしいけど、今日はあったかいのが飲みたい。 赤井はおつまみをポリポリと食べながら話し始めた。 「どうしたらいいかわかんなくなっちゃって」 赤井は常に受け身だ。 今までも何人か付き合ったことはあるけれど、結局何もなく、相手から距離を置かれていくこと多かったみたいだった。 求められれば断らないけど、肝心なときに自分では動かない。 いつも慣れたように女の子と話してるし、飲みに行くことも多い。優しい性格でコミュニケーション能力も高い。 見た目も悪くない。なで肩で胸が厚く、流れるようなラインの身体。嫌みのない程度にとんがった靴、イタリア系のスタイルが好きなのか、スーツも体系に合ってセンスがいい。 仕事もわりとそつなくこなして、取引先にも気に入られている。 それに反して、子どもっぽい表情や受け入れ型の性格がとてもアンバランスだ。 年下には頼りがいのある大人の男のように見え、年上には甘え上手の可愛い男の子に見える。 自分のせいで周りの評価を上げ過ぎているが、本人は自覚がない。 それが赤井だ。 だけど今は、「思春期をこじらせた面倒な男」でしかない。 こんなに綺麗な身体の形してるのに。 もったいないなぁ。いい男になりそうなのに。 赤井はバカだなぁ… 「ねえ、聞いてる?」 赤井が言った。 「あ、ごめん聞いてなかった」 わたしは慣れないお湯割りの湯気で少し酔いが回り始めている。 それに、赤井の話は退屈で、そんなものウジウジ考えてないで丸ごとぶつければ早いのに、と思うことばかりだ。だからほとんどわたしは上の空、右から左に抜けていく。 「赤井くんはさ、何にそんなに怯えてんの?人からの評価?それとも自分のカッコ悪さを見たくないだけ?」 赤井はまた少し困った顔をして 「わかんない」 と言った。 またか。 正直、話を聞き流しちゃってて、なにを悩んでるのかわからない。 でも、言い訳くさい話しぶりと、本心を隠すような態度にわたしは本当にムカついていた。 「わからないなら、わかるまで考えろ」 わたしは続けた。 「まあ、でも、今まで考えても答えが出なかったんなら、もう、行動するしかないんじゃない?」 結局、自分が一番可愛いだけでしょ。 恥かきたくないだけでしょ。 誰かに受け入れてほしいなら、自分が動かないと。 恥かかないと成長できないんだよ人間は。 大事なのは『悩み』そのものじゃなくて、自分がどうしたいかなんだ。 『悩んでる自分』が大好きなら、一生、悩んでる自分を楽しめばいい。 悩みを解決したら浸れなくなっちゃうもんね。 赤井は、黙っている。 わたしは喋っているのか頭で思っているだけなのかわからなくなっていた。 お湯割り、すぐ酔うなぁ…なんだこれ… あぁ瞼が重すぎる…
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