冷たくも温かい思ひ出

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 道路公団の方はパルプモールドの弁当箱とペットボトルのお茶を私達に渡してきた。全員分に行き渡ったことを確認すると、私達に一礼した後に前の車へと向かい同じようにするのであった。  弁当の中身は海苔の巻かれていないオニギリ二個と、黄色い沢庵二切れだった。 オニギリの形は、コンビニや売店で売っているような機械握りのキッチリとした三角形ではなく手作り感のある丸みを帯びたものだった。中身も解した鮭の切り身で機械で切ったような感はない。 つまり、完全に手作りのオニギリなのである。 おそらくは道路公団の方がこの辺りのサービスエリアやパーキングエリア常駐の職員さんを総動員して、この高速道路上で立往生している車の乗員全員分作ったのだろう。それを運ぶ過程で冷めるのも仕方ないのか、冷たいものだった。 ただ、冷たいながらにとても柔らかく塩味もよく効いていることから凄く美味しいものであった。当時の17年しか生きていない私の人生の中で一番美味しいオニギリであったし、もうすぐ人生の半分を生きようかと言う今になっても、このオニギリ以上のオニギリに巡り合っていない。  雪の中の立往生と言う補正があったとは思うが、私はこのオニギリの味を一生忘れることが出来ないぐらいに美味しく感じていた。沢庵の味も普通のものより甘く感じたのは言うまでもない。  ペットボトルのお茶も温かくはなく、生微温(なまぬる)いものではあったが、口に入れただけで体が一気に潤っていくのを感じた。これも人生で一番美味しいお茶…… いや、飲み物に感じられたと言っても良いだろう。  干天の慈雨も同然の食事を終えると、遥か前方から車が動き出した。ラジオの情報によると、先程の道路公団の方が言った通りに雪かきと事故車両の処理が終わり渋滞が解消されたとのことだった。  前の車が動き出した。そのリアガラスの向こうでは子供が一人こちらを向き、母に向かって手を振っていた。その隣には母親と思しき女性がおり、母に向かって軽く頭を下げていた。 母は前の車に向かって笑顔で手を振り返した。 私は母に尋ねた。 「あの子が弁当上げた子?」 「そうよ。お腹空いて泣いてる子見たらほっとけないじゃない」 母がそういった瞬間、隣車線から私達の車を抜き去る車から ビッビー! と、クラクションの音が聞こえてきた。母はその車に向かって軽く手を振った。 「あら、隣の車のアベックさんね。お礼なんてよかったのに」 「ああ、隣の車のカップルにもお菓子上げたって言ってたね」 「窓開けたまんまで『食べ物がない!』とかって喧嘩してるのよ。見てられなかったの」 「優しいねぇ」 「それは17年間あたしの息子やってるアンタがよく知ってるでしょ?」 私は照れくさく苦笑いをしながらも、この人の息子に生まれてよかったと思うのであった。
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