罪のありか

1/1
13人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ

罪のありか

しばらく後の話になるが、母が病床に倒れたあと、天音は不安でたまらなかった。これまでの人生、よくも悪くも、天音のことはすべて母が決めてきた。そのひとがいなくなったら、天音はどうやって生きたらいいのか、まったくわからなかった。 残酷なことに、恐れていた未来は本当に訪れ、天音は七年もの歳月を、不安と悲しみを抱えたまま過ごした。その時間は、なにかに救われて終わったわけではなかった。それを上回る悲しみに襲われたために、終わっただけのはなしだ。 母が亡くなった年齢を追い越したいま、天音は思う。あのひとがあのまま生きていたら、私は生きていけなかった、と。強烈な呪縛とその亡霊から、やっと抜け出ることができたのだ。大変不謹慎な言い方だが、本当に、母がいなくなってくれてよかったと、天音は思うのだ。 なんて冷酷な人間だと、非難されるだろうか。天音は精神の病を抱え、一生涯直る見込みはない。病を作り出したのは、母の強烈な支配と、父の異常なまでの無関心だ。 いいや、自己責任だと、誰かに叱咤されるだろうか。父は天音のことを、生まれつき欠陥のある人間だったのだ、と解釈していたようだ。本当にそうなんだろうか。 かわいそうに、生涯母を愛し続けた父には、母を悪者にすることは絶対にできないのだ。悪いのは、いつだって母ではなく天音なのだ。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!