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無意味な復讐
天音は学習参考書と一緒に、ダイエット本を買ってもらった。
よく選べばよかったのに、もっと医者とか専門家が書いたようなものを買えばよかったのに、天音が買ってもらったのは、よりにもよって芸能人のダイエット体験記だった。
『〇〇の三分間ダイエット』というタイトルだった。やり方も写真入りで細かく書かれているようだった。
三分でいいならできるかも……。天音のあまい精神が招いた過ちだった。
家に帰って本を熟読してみると、想像していたのとは全然違っていた。
腹筋を三分、背筋を三分、スクワットを三分、縄跳びの前飛びを三分、後ろ飛びを三分、駆け足飛びを三分……などと永遠に続き、全部合わせると百二十分くらいかかってしまう大層な運動だったのだ。
食事の前に山盛りの千切りキャベツを食べることも記されていた。
真面目な天音は、その本をぼろぼろになるまで熟読し、家族が夕食を摂っている横で、ひとりもくもくとキャベツを食べ続け、一日も欠かさず百二十分の運動をやり続けた。それでも脚は、細くはならない。
そもそも、顔も名前も知らない、ばれないように耳打ちするような卑怯な男に、一矢報いるために、ここまで努力すること自体が馬鹿げていた。
そして、絶対に、絶対に、その男に再び出会うことはないのだ。
いつしか天音はダイエットをやめた。全然細くならないし、体重も減らないし、キャベツの千切りは、もう見るのも嫌だった。
五年生の終わりに、初潮を迎えたことも一因だった。その事実を知ったとき、天音は思わず二度見した。
そして、ひとはあまりにも驚くと、二度見をしてしまうものなのだな、と天音は思った。
家に帰って母親に告げるのも、大変な勇気がいった。母にしても、いつかこんな日のために、セリフを用意していたのだろうが、不器用で不格好な対応になった。
「これは決して悪いことじゃないのよ。」
母は言った。天音は自身の罪が、より明確化されたように感じていた。
天音は、性的なことに関して、異様にタブー視する家庭に育っていた。それは母だけの責任ではなく、祖母の代から連綿と受け継がれてきた伝統だった。
天音は、このことは誰にも知られたくないと思った。しかしその夜、母はお赤飯を炊いた。すべてが白日の下にさらされた。
天音は泣いた。鼻が詰まって呼吸ができなくなるまで、膨れ上がったまぶたで、目が開かなくなるまで、食卓に座って泣いた。これ以上ない辱めを受けている気持ちだった。
天音の様子を見て反省したのか、母は妹の優菜のときにはお赤飯を炊かなかった。だから天音は、妹がいつ初潮を迎えたのか知らない。
上の子の失敗を下の子に活かす。親として当然のことかもしれないが、天音には、なにかと割を食っている、という感覚だけが残った。
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