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修学旅行
ひとつひとつの出来事は些細でも、積み重なるとしんどくなってしまうものだ。
天音の不運はこれで終わらなかった。二回目の生理が、修学旅行とばっちり重なってしまったのだ。
まだ二回目だ。処置の仕方すら、満足に習得できていないのだ。長時間のバスの移動で、トイレに行けるタイミングも限られている。
たかが一泊二日だが、当然お風呂の時間もあるし、寝ているときもなにかと心配だ。しかも経血の量も、二回目とは思えないくらい多かった。
天音は知っていた。学年で唯一、生理が始まっているとばれている女の子が、そのことでからかわれたり、いじめられたりしていることを。
男の子たちは興味深々で、女の子たちに訊きまくる。生理が始まっているのは誰なのか、と。
男子と仲の良い女の子たちは、とても楽しそうに、「秘密なんだけどね。」と前置きして、全部しゃべる。あるいは、自分のことを探られないための、スケープゴートなのかもしれなかった。
天音がいたのは、そういうちょっと閉鎖的な学年だったのだ。
修学旅行に行ったら、確実にばれる。風邪を引いたと言ってお風呂を避けたとしても、そもそもそんな風邪を引いているひとが、旅行に来ていること自体がおかしいのだ。
だから絶対に行きたくないと、母に泣いて縋った。
母は断固として許しはしなかった。そんなことを許すような、生易しいひとではなかった。そして、母に逆らえば生きてはいけないことを、天音はよくわかっていた。
天音は旅行に行くしかないのだ。
雨の降りそぼる日光東照宮は、生涯絶対に訪れたくない場所になった。何十年という時が経っても、テレビに映るとチャンネルを変えた。
終始、浮かない顔をして、天音は歩いた。もうどうでも良かった。
そして天音の予想通り、同室の女の子たちにばれた。
白い旅館のシーツを汚したら、一貫の終わりだ。天音は気になるあまりに、その晩ほとんど眠れなかった。
翌朝は誰よりも早く起きだして、自分の布団を確認した。血はついていなかった。
良かった、失敗しないで済んだ。胸を撫でおろした天音は、あまりにもおろかだった。
同室の女子たちもそのうち起きだし、みんなで布団を畳んだ。その時誰かが言いだした。
「あれー? この布団、なんか血がついてるよー?」
「もしかして誰か、生理なんじゃないのー?」
天音以外の女の子たちが、げらげらと笑いだす。そんなはずはない。天音は何度も確認した。ひとり静かに、表情を無くす。
前日、天音は不自然な形で、お風呂に入らなかった。そのときから、もうとっくにばれていたのだ。
天音が初潮を迎えているということは、あっという間にクラスに広まっていった。
学校の廊下をひとり歩いていると、後ろから数人の男の子たちが駆け抜けてゆく。
「天音ちゃん、生理―!」
叫んで、げらげらと笑いながら駆け抜けていく男の子たちを見ていると、顔から表情が自然に消えた。
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