試合に勝って、勝負に負ける

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試合に勝って、勝負に負ける

受験の話には続きがある。希望の大学に落ちてしまった天音も、すべてを落としていたわけではなかったから、N大学に進学することを決めかけていた。 一応、名の知られた大学ではあるし、勝手なイメージでは、そう悪くないような気がしていた。N大学はとにかく人数が多く、男も女もたくさんいる。わいわい過ごせば、それなりに楽しそうだ。飾ったイメージはなく、庶民的なイメージなのも都合がよかった。お洒落なひとたちが気取っているような大学は苦手だ。洗練されていない天音は、そういう大学にきっと馴染めない。 そういう訳で、話はほぼ決まりかけていた。それが一変してしまったのは、優菜の幼稚園時代のママ友からの一本の電話がきっかけだった。 優菜の幼稚園なのだから、天音は関係ないはずだ。それなのに、巻き込まれた。 そのママ友には子供がふたりいて、上の男の子は天音と同い年だった。当然、彼も受験だったはずで、結果はやはり振るわなかったらしい。偶然にも天音と同じ、N大学に受かっていた。ところがその子はこう言ったらしいのだ。 「N大学になんか行かないよ。一年浪人して、絶対にW大学に入るんだ。」  こんな意地悪な偶然が、なぜ天音の身にたびたび起こってしまうのだろう。こんなことを言われて、負けん気の強い母が炊きつけられないはずがない。 「あなた、悔しくないないの?!」  天音は激しく叱責された。それは悔しいに決まっている。大体、天音の行こうとしているN大学を蹴るのはちょっと許せないと思ったし、もしも彼が一年後、W大学に入学したら、やりきれないに決まっていた。 「お父さんに土下座して、浪人させてくれって頼みましょう!」  天音は生まれて初めて土下座した。母と一緒に。天音の浪人は、そうして決定した。これは天音ひとりの問題じゃない。母のプライドを背負った真剣勝負なのだと覚悟を決めた。絶対に失敗するわけにはいかないのだ。  その三年後に母が亡くなったとき、お通夜にそのママ友が来た。子供のほうは来なかったが。命がけの勝負に天音は勝ち、W大の二年生になっていた。ママ友が言うには、大きな口を叩いていた生意気な男は、結局、浪人してもW大に入れなかったらしい。 けれど、けれど、母はもう死んでいる。私たちは、試合に勝って勝負に負けたのだ、と天音は思った。虚しさが胸を満たしてたまらなかった。
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