逃げ切りの戦い

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逃げ切りの戦い

 浪人生活は、やってみると案外楽しいものだった。同じ高校の演劇部からふたりの女の子が同じ予備校に通っていたから、お昼にお弁当を食べる仲間もいたし、あれもこれもと同時にいろいろなことをするのが苦手な天音にとって、必要な科目だけをシンプルに勉強すればいい生活は快適だった。学校の先生の話はつまらなかったが、予備校の先生は全然違った。 彼らは人気商売だから、ひとりでも多く合格者を出したい。結果によって処遇も決まってしまうのだから、先生たちはいつも真剣で、話を上手く聞かせるための雑談トークにも長けていた。大学の試験問題もよく研究していた。  それにも増して天音を喜ばせたのは、偏差値が桁違いに上がったことだった。浪人前は五十五ぐらいだった偏差値が、一気に七十以上に跳ね上がった。八十オーバーを取ることすらあったし、全国模試の百番以内に入ったときもあった。偏差値八十以上って、存在するんだ! と、内心笑いが止まらなかった。  考えてみれば当たり前だ。優秀な生徒は大学に進学して、受験戦争から抜けていったし、代わりにまだ勉強を始めたばかりの高校三年生が大量に入ってきた。彼らの伸びしろは未知数だが、高校生は受験に関係ない教科も勉強しなければならないし、学校行事もいろいろあるし、時間があるという意味で、天音たちは圧倒的に有利なのだ。 これは逃げ切りの戦いだ。浪人を選んだ動機からしても、天音が人一倍真剣なのは間違いなかった。
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