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ピアノの音
家では、習い事のピアノの練習が、毎日一時間あった。天音もピアノに向かうが、いつのまにか物思いにふけって、ピアノの音が途切れてしまう。いつもいつも、頭を離れない悩み事。そのことを考え出すと、ピアノの鍵盤を叩くのもつい、忘れてしまう。
長年の経験から、母に悩み事を相談するのは無駄だとわかっていたが、ピアノの音が途切れるとなると、母はもちろん気づく。
「どうしたの? 天音。悩みがあるの?」
天音は渋々、生理のことで陰口を言われたり、からかわれたりしていてつらい、と話した。
繰り返し言うが、母は痛みに寄り添ってくれるようなひとではない。
「戦え!」
と、厳しく母は叫んだ。天音はすっかり白けてしまう。
戦う? 誰と? 明確ないじめっ子がいるわけでもないのに、一体誰と戦うの?
やっぱり相談するんじゃなかった。味方が誰もいないと思い知って、余計に傷ついただけだった。
後年になって、ほとんど父と交わした最後の会話のときに言われた。お母さんは天音に内緒で、先生に相談に行っていたんだよ、と。
天音は顔から火が出そうだった。なんで?! なんでそんな恥ずかしいことを、勝手にやるの? 問題がすごくデリケートなことを、全然わかってないじゃない!
天音が母に求めていたのは、そんなことじゃなかった。
「どんなことがあっても、お母さんは天音の味方だよ。」
もしもそう言って抱きしめてくれたなら、天音はきっと生きていけた。立ち直って、がんばれた。
でも、現実はそうじゃない。
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