die Sternschnuppe

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 四年前の今日は、夜ご飯に回転寿司を食べたらしい。過去の自分は日記にそう書いている。家族で外食する機会は珍しいので、このことは覚えている。もっとも日記を見なければ思い出さなかったのだが。四年前の自分は貴重な外食をさぞ楽しんだようで、文字は右上がりに並んでいる。  無地のノートに日々の出来事や思ったことなどを書いている。文字の大きさや書く量を自分で決められるのが無地の良い所だ。文字の大きさ、間隔は日によって違う。文字の色を見ればその時期お気に入りだったペンもわかる。とどのつまり、日記は鏡なのだ。しかし書いている最中は文字の外見を気にしないうえに、見返すことも滅多に無いので、その時の気分を後々知る機会はほとんど無い。  埃がかぶっているような日記を読み返しているのは、上京のために部屋の片づけをしているからだ。本棚に溜まった本を売却用と保管用に分別していたら、懐かしい日記が三冊出てきた。僕は一番古い物から見返すことにした。  大学の入学式の前日には「友達ができるか心配」と書いているくせに、その翌日には「隣に座ってた子と連絡先を交換した。明日も会えるらしい」と書いている。「明日は明日の風が吹く」という言葉が、今になって腑に落ちた。ここにある「友達」とは今も付き合いがある。そして来週、一緒に旅行へ行く約束をしている。「学校で初めて出来る友達とは長続きしない」と聞いたことがあるが、「友達」との関係には当てはまらなかった。  日記を読んでいて気付いた。見られることを意識していない文章ほど気色悪いものはない。僕は自分の文章に首を絞められているようで、急いでページを閉じた。  しかしその気持ちとは裏腹に、過去の自分をまた知りたくもなった。二冊目の日記をパラパラと開いてみる。昔付き合っていた彼女の名前が目に入ったため、無意識にそこで手を止めてしまった。過去の自分の独り言を読んでみる。 「ずっと一緒に居たいな」 「今度は博物館に行ってみたいな」 「夜はおしゃれなバーで飲んでみたいな」  などの、楽しげな文章が並んでいる。未来に希望しか抱いていないような、暗闇が一切見えていないような心持が手に取るようにわかる。叶ったものもあれば、叶わなかったものもある。  僕は疲れてしまい、一日分しか読まずに日記をしまう。あと一冊残っているが、これは開けないまま、三冊とも保管用の箱に入れる。  窓の外は暗く、時計は一時過ぎを指している。今日は流星群が見られる、とニュースで聞いた。果たしてそれが何時ごろに観測できるか知らないが、とりあえず外に出てみる。  月の無い空は、「闇」という言葉が表せられる範囲の最大限の暗さだった。僕の心の方が明るいほどだ。三月初めの夜はコートを着ていても寒い。僕は家の裏側へ出る。そこは街灯が無く、右手のライトだけが頼りだった。良く言えば、星が綺麗に見える。悪く言えば……それは言わないでおこう。  時計が無いので三十分ほど待っているようにも感じるが、一時間にも感じる。本当に見えるのか、そろそろ帰ろうか、いや帰った瞬間に流れ星が見えるかもしれない、そう悩みながら行ったり来たりしている。  すると視界の左上に一筋の線が浮かび上がった。その線は真っ直ぐ移動しながら消えていく。 「お」と思わず声が出る。流れ星だった。忘れないようにさっきの映像を思い出す。あまりに一瞬の出来事だった。願い事を三回どころか一回すら言えないだろう。  しっかりと尾を引いていた星は、周りの星より輝いていた。もっと見たくて空を凝視する。しかし一度見られた満足感と寒さから、家に戻ることにした。  ここが田舎で良かった。そして長い間待っていて良かった。家に入る前に、最後に空を見る。
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