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涙は見た事無い程大粒で、足元の海の水位は徐々に上がっていた。
このままでは俺にとっても迷惑なので、偶々持っていたハンカチを手渡した。彼女は静かに受け取り、再び言葉を紡ぎ始めた。
「山猫…、私の名前は山猫と云います。その、とても親切丁寧に、していただいて、ありがとう、ございます。えと、あなたの名前を、お伺いしても…?」
「ええ、良いですよ。俺の名前は、えっと、看田って云います」
咄嗟に偽名が口を突付いた。鯊を殺して罪悪感を覚えている人に向かって、同音異義の本名は名乗れなかった。
「カンダさん…。あの、亡くなってしまった、魚は、どうされましたか?」
「彼の家族と会えるよう、祈って海に還しました。すいません、一言掛けてからそうした方が良かったですね」
山猫さんの瞳が水を湛えるまでは一瞬だった。彼女は哭いた。一体小さな体のどこからこれ程のエネルギーを発散しているのか、想像の付かない大声だった。俺は大きさに騙されて、ハンドベルを思い切り振ってしまった事を思い出した。
「あの魚は、私が、唐揚げにして、食べようと、思っていました。殺してしまったからには、私が…!」
山猫さんの涙はいつの間にか雪になっていた。それらが水中に溢れ落ち、海底に砂煙を起こす。そして雪の涙も雪解け水のように濁った轟流を生み出すので、浅瀬の色は全く変わってしまった。
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