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風早 司---side1
欲しいものがある。
それが手に入る条件を提示された。
風早流家元の次男として生まれ、何よりもいけばなが優先で育てられてきた。そこに不満はない。
けれども、絶対的な存在の兄貴がいて、到底それに及ばない。
だったらオレは、他に自分の価値を示せる場所が欲しい。
母親の高祖父が築いた親族企業の長嶺商事。今では国内のみならず、海外に至るまで幅広く名を馳せる大企業。ここには今、親族の後継者がない。
それが手に入るなら、何でもやる。
だからあいつの側にいる。ただそれだけのこと。
学部も学科も、選択科目も全部一緒にしてある。その中には授業に出なくても、レポートだけで単位がもらえるものもある。
けれども、あいつが出るから仕方がなく出席している。
朝イチから授業とかだるいけれど、仕方がない。
文学部の校舎は、正門を入ってからグラウンドに沿って坂を上がりきった場所にある。裏門に車をつけてもらえば早いのに、あいつが電車通学をしているので、オレも電車で学校に来てこの坂を一緒に歩いている。
グラウンドでは、朝っぱらから暇なやつらがヘタクソなサッカーをして遊んでいた。
「危ない!」
誰かが叫ぶ声がした。
気が付くのが一瞬遅れた。
飛んできたボールが少し前を歩いていた美雪の膝のあたりに思いっきり命中して、美雪はそのまま倒れ込んだ。
まずい。
ボールを蹴ったやつが何か言いながらこっちに向かって走って来ていたけれど、そんなことは無視して、彼女を抱き起こした。
「美雪、大丈夫か?」
「……うん」
「なんかあったらただじゃおかねーからな」
無意識に声に出てしまっていた。小さな声だったから、周りには聞こえていないかと思ったら、近くにいた同じ学科の伊藤紗香と目が合った。
そんなことはどうでもいい。
彼女を抱き抱えて保健室に向かった。
誰かが「お姫様抱っこ」と小声で言うのが聞こえた。
くだらない。
寄ってくる男がいたらそれを蹴散らすだけだと思ってた。まさか大学の中に危険が転がってるとは思わなかった。
今のオレはただ、美雪を守るだけ。
美雪が怪我をしないように。
美雪に他の男が近づかないように。
美雪を「お姫様抱っこ」で保健室に連れて来てベッドに寝かせると、看護師は、美雪を診て
「骨は折れてなさそうだし、大丈夫だと思うけど……」
と言うと、すぐに出て行った。
2人きりになったところで美雪が口を開いた。
「心配性」
「心配するだろ? 前に膝やってるんだから」
「……よく、知ってるね」
「何でも知ってるよ」
「当たったの膝じゃないし、全然大丈夫。それにそんなにか弱くない」
「うん」
「授業戻ったら?」
「いいよ、もう面倒だし。それに……オレの家に連絡がいったと思う」
「そっか」
「一緒に帰るよ」
「今日の授業、まるまる休むことになっちゃうね」
「まぁ、たまにはいいって」
啓修大学は、父方の祖父が理事長を務めている私立大学だから融通がきく。正直学校に行かなくても何の問題もない。そもそも大学には「卒業」の既成事実のためだけに籍を置いているだけだけで、行かなくても単位はもらえるし卒業も出来る。
それなのに、こいつは真面目に学校に通うと言う。
しばらくすると、保健室のドアが開いて、さっき出て行った看護師が戻って来た。
「お迎えがすぐいらっしゃるって」
『ほらな』と言う視線を美雪に送ると、美雪は困ったように笑った。
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