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大雪で
崇と里子は結婚する前に一度旅行に行こうと、金沢を訪ねることにした。
もう、何年も前の事である。
向かう時に今後、北陸新幹線が金沢まで行くので、金沢までの走行を辞めてしまうサンダーバードに乗りたくて、サンダーバードの泊る駅まで指定席でゆっくりと向かっている途中だった。
いよいよ次がサンダーバードとの乗り継ぎ駅だ。
ところが、突然車内放送が入った。
「サンダーバードは大雪の為、走行不能になります。金沢まで行くお客様は、○○番線の普通特急にお乗り換えいただけますようお願い申し上げます。」
崇は会社員だし、里子は運動部だったため、こういった電車のトラブルはどちらも初めてではなかった。二人共パッと席を立ちまだ止まらない電車の出口へと向かった。
狼狽えている人たちもいたが、大抵の人は慣れているらしく、いち早くサンダーバードの切符の払い戻しの為改札へ急いでいた。
ホームを上がって払戻の混雑具合を見た崇は、里子に
「とりあえず、乗り換える電車のホームに行こう。」
と、声をかけ、乗り換えの電車の一番前に並ぶことができた。
特急といえども、座れなければ何時間も立っていくことになるのだ。
里子が『なるほど。』と思った時、
「じゃ、俺、払戻に行ってくるから。」
と、崇は急いで払戻に行った。
先に払戻をしていた人たちが、どんどん里子の後ろに並んで行く。
すごい人数だ。
サンダーバードに乗るためにこの駅に向かっていたのは、里子たちの乗っていた電車だけではないのだろう。
ホームが埋め尽くされるほどの人数が電車が到着する前に並んでしまった。
電車が来る前に崇がようやく戻ってきた。
目的地に向かう特急電車もようやく来た。
大雪で止まるだけあって、ホームにも雪が降りしきって、待っている間も酷い寒さだった。
暖房の効いた電車に乗り、車両の真ん中あたりの席に崇と進行方向を向いて並んで座った。電車が駅に停まる度に、出入り口は寒いからだ。
特急とはいえ、通常の路線の特急なので、4人が向かい合う形の椅子だった。
里子は進行方向を向いていないと酔ってしまうので早く席が取れて、先頭にいち早く並んでくれた崇に感謝だった。
里子の座った横にはお年寄りや子供も立っていた。
知り合いであれば、交代で座ることも考えられるが、その人たちに一旦席を譲った場合、交代で座らせてもらえるかはわからない。
里子自身田舎の人間なので、田舎の人の図々しさは良くも悪くも知っている。
里子は膝が悪いし、立ちっぱなしだと腰も痛くなる。
それだから崇は急いで、座れるように里子を並ばせたのだ。
おまけに立っている人たちがぎゅう詰めで、一か所だけ席を譲ったりするのも却って気が引けた。
立っている人には手すりを指さして、せめてそこに軽くでも腰かけるか荷物を置くかできる様少し横に席を詰めた。
申し訳ないとは思いながらも、里子は暖房で暖まった足のおかげで眠くなりうとうととし始めた。
途中駅を通過する時も、走行中もずっと雪は降り続いていた。
里子は、ふと誰かに起こされたような気がして、目を覚ました。
もうすぐ夕暮れなのだろう、ただでさえ雪で薄暗い外が大分暗くなってきていた。
その時窓の外に信じられない景色が映った。
家の一階部分が雪で埋まっているのだ。
里子の住んでいた所は酷く寒かったけれど、豪雪地帯ではなかったので、自分の目で一階部分が埋まっている家を見たのは初めてだった。
里子は眠気も吹っ飛んで、隣でうとうとしている崇を起こした。そして小声で
「ねぇ、見てみて、本当に雪で一階部分が埋まってるよ。もうさ、あの家、二階からしか出入りできないよねぇ。」
と、囁いた。
崇も実際に見るのは初めてだった様子で
「すごいね~。」
と、しばし、その区間の家々を見ていた。
でも、そんなに積もっていたのはほんの少しの区間だけで、後は普通に雪が多めに積もっているだけだった。
なんだろう、なんであの場所の家々だけが埋もれていたんだろう?
豪雪地帯と言うのはそんなに狭い区間だけなのだろうか?
もしかしたら、楽しみにしていたサンダーバードに乗れなかった二人の為に、見た事の無い豪雪地帯の風景を一瞬だけ何者かが見せてくれたのかもしれないと里子は思った。
電車は長い時間をかけて、ようやく金沢に着いた。
金沢ではカニの食べ放題に行く予定で、予約していた。
大分予約の時間よりは遅れてしまったが、ホテル側も電車の遅延は承知してくれていて、泊まる宿とは別の場所に移動させられたが、時間がずれてもカニの食べ放題はすることが出来た。
金沢も雪が沢山降るのだが、街中は融雪用の水が流れていて、道路の雪は溶けていた。
寒い地方の里子には信じられなかった。きっと里子の実家の辺りでこのように道路に水を流したら流した端から凍ってしまう。水が出ている所も凍るだろう。雪は沢山降っても気温は暖かいのだなぁと、同じ北信越でも全く違うのだという事を実際に見てつくづく思った。
今年、石川県は、酷い震災に見舞われてしまった。
里子たちが泊まった辺りはそれでもなんとか二次避難で使えるくらいの被害で済んだようだが、それでも、元日からのあの大震災の恐怖は消えないだろう。
能登半島の方は被害が大きすぎてまだ復旧の目途が立っていないという。
里子は、あの大雪の乗り換えや、雪に埋もれた家々を、思い出しながら、また、金沢に旅行に行かれるような平和な日が早く訪れてくれることを切に願っている。
【了】
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