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死んだような冬が終わり4月になった。
人類はしかし、春の陽射しに再会を果たすことができたようだ。
余部は写真館を再開させた。
街で少しずつ、他人の顔を見るようになったからだ。
ただその景色の中に、愛らしい猫の姿はない。
あれだけ日常の中でのんびりと、しかし力強く息づいていた人類の同伴者はもはやどこにも見えやしなかった。
今もなお、日本を含め世界中で猫の駆除が進んでいる。なまじ効果が出ているだけに、これはもはや止められない流れだろう。
「なあ。これ、しまっといてくれるか」
「これは……。ええ、そうね。その方がいいと思うわ」
異変前、写真館の一隅に設けていた猫の写真コーナー。
それも店の再開を前に、全て片づけた。
人々の間にはまだ恐怖が根深く残っている。生乾きのかさぶたを無理にはがそうとする必要はない。
たったひと冬の間に降ってわいた未曽有の災難。
その傷跡は消えようもないほどに深く、前途は多難といってまだ足りない。
外を見やれば、虫食い状になったままの世界が広がる。
抜け落ちてしまった現実を取り戻す方法は、依然手掛かりさえ見出されていなかった。
ただ、それでも人は生きなければならない。
この半壊した世界によりかかり、まずは生き延びること。
そのためには仕事、ただひたすらに仕事に取り組まねば。
暇は余計な考えを生み、無為は一銭も購わないのだから。
とはいったものの、再起への道はようやく端緒についたところである。
写真館は今日も今日とて暇と無為とにあえぎつつ、午前の営業を終了する。
「え~、ただいま入りましたニュースをお伝えします」
妻と昼食を囲み、何気なしにテレビをつける。
画面の中、原稿に目を落としたアナウンサーの瞳が見開かれる瞬間を余部は見た。
「――某国からの情報によりますと、『犬の身震い』で猫の場合と同様の現象が確認されたとのことです」
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