27人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ
月詠先生
天ヶ崎照は、ぼんやりと教室を眺めていた。
7月、外は三十度を越える気温、夏休み前もあって生徒たちは酷く浮かれ気味な雰囲気があった。
「優斗、そろそろ夏休みじゃん?なにするよ~?」
「なにって部活だよ。」
「マジで?せっかくの中学生の夏休みなのに部活!?まあ、俺も部活だけど!」
「オイオイ、お前も人の事言えないな?」
楽しそうに談笑する生徒達を横目に、俺は前を見て、ある人物と目が合う。
「月詠先生。」
廊下に出た時、声をかけると、男は振り返った。
「この暑い中、今日も退屈そうな顔をしているな、君は。」
線が細く色白な肌、高い身長に長い手足。
柔和そうな顔立ちの好青年。
名を月詠薫。
年齢は二十代中頃程度、二年B組の担任だ。
穏やかな顔立ちだが、浮かんだ笑顔はいつもどこか胡散臭い。
「そう見えますか?
それは先生も同じに見えますけど。」
「生憎、私は退屈ではないよ。
何故なら君の相手をしているからね。」
「馬鹿にしてますか?」
「まさか。本音さ。」
都会からこの田舎の中学校にやっていただけあって、優しそうな態度に反して、どこか食えない雰囲気をこの男はいつも纏っている。
「月詠先生、こんにちは。」
前を歩いてきた教師に会釈すると、月詠先生は思い出したように言う。
「さて、そろそろ授業の時間だ。
私は行かなくてはな。」
そう言って先生は俺を一瞥してから、授業を担当する教室へと向かっていった。
「俺もそろそろ戻るか…。」
外から響くセミの鳴き声を遠目に、俺は前へ歩き出していた。
六限の時間は国語の時間だった。
月詠先生が担当している教科でもある。
生徒達は酷く眠そうな顔をして授業を聞いている。
それどころか眠っている者も何人かいる。
しかし月詠先生は構わず、楽しげに優雅に授業を行っていた。
まさか、多くの者達がうたた寝しているのにも、気づいていないわけでもなかろうに。
「次は誰に読んでもらおうか。」
柔らかに微笑んだ月詠先生の目線が俺を見て、一瞬ヒヤリとするが、目線は通りすぎる。
冷涼な切れ長な目線が俺のすぐ前で止まった。
「中島くん、56ページの三行目を読んでくれるかい?」
「えっ、ど…どこだって…?」
「56ページの三行目だって。」
俺がすぐ呟くと、前の席の中島がたどたどしく文章を読み上げる。
そんな中、俺の目線は月詠先生で止まっていた。
先生と出会ったのは半年前だった。
田舎しか知らない俺には、都会からやって来た月詠薫は妙に大人びて見えて、眩しく感じた。
何故だか気になるのだ。
授業が終わるまで俺はただ、月詠先生をぼんやりと眺めていた。
最初のコメントを投稿しよう!