月詠先生

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月詠先生

 天ヶ崎照(あまがさきしょう)は、ぼんやりと教室を眺めていた。  7月、外は三十度を越える気温、夏休み前もあって生徒たちは酷く浮かれ気味な雰囲気があった。  「優斗、そろそろ夏休みじゃん?なにするよ~?」  「なにって部活だよ。」  「マジで?せっかくの中学生の夏休みなのに部活!?まあ、俺も部活だけど!」  「オイオイ、お前も人の事言えないな?」  楽しそうに談笑する生徒達を横目に、俺は前を見て、ある人物と目が合う。  「月詠(つくよみ)先生。」  廊下に出た時、声をかけると、男は振り返った。  「この暑い中、今日も退屈そうな顔をしているな、君は。」  線が細く色白な肌、高い身長に長い手足。 柔和そうな顔立ちの好青年。 名を月詠薫(つくよみかおる)。 年齢は二十代中頃程度、二年B組の担任だ。  穏やかな顔立ちだが、浮かんだ笑顔はいつもどこか胡散臭い。  「そう見えますか? それは先生も同じに見えますけど。」  「生憎(あいにく)、私は退屈ではないよ。 何故(なぜ)なら君の相手をしているからね。」  「馬鹿にしてますか?」  「まさか。本音さ。」  都会からこの田舎の中学校にやっていただけあって、優しそうな態度に反して、どこか食えない雰囲気をこの男はいつも(まと)っている。  「月詠(つくよみ)先生、こんにちは。」  前を歩いてきた教師に会釈(えしゃく)すると、月詠(つくよみ)先生は思い出したように言う。  「さて、そろそろ授業の時間だ。 私は行かなくてはな。」  そう言って先生は俺を一瞥(いちべつ)してから、授業を担当する教室へと向かっていった。  「俺もそろそろ戻るか…。」  外から響くセミの鳴き声を遠目に、俺は前へ歩き出していた。  六限の時間は国語の時間だった。 月詠(つくよみ)先生が担当している教科でもある。 生徒達は酷く眠そうな顔をして授業を聞いている。 それどころか眠っている者も何人かいる。  しかし月詠(つくよみ)先生は構わず、楽しげに優雅に授業を行っていた。 まさか、多くの者達がうたた寝しているのにも、気づいていないわけでもなかろうに。  「次は誰に読んでもらおうか。」  柔らかに微笑(ほほえ)んだ月詠(つくよみ)先生の目線が俺を見て、一瞬ヒヤリとするが、目線は通りすぎる。 冷涼な切れ長な目線が俺のすぐ前で止まった。  「中島くん、56ページの三行目を読んでくれるかい?」  「えっ、ど…どこだって…?」  「56ページの三行目だって。」  俺がすぐ(つぶや)くと、前の席の中島がたどたどしく文章を読み上げる。  そんな中、俺の目線は月詠(つくよみ)先生で止まっていた。  先生と出会ったのは半年前だった。 田舎しか知らない俺には、都会からやって来た月詠薫(つくよみかおる)は妙に大人びて見えて、(まぶ)しく感じた。 何故(なぜ)だか気になるのだ。  授業が終わるまで俺はただ、月詠(つくよみ)先生をぼんやりと眺めていた。
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