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 二回ノックした後病室のドアを開けると、ベッドの端に腰かけていた母が私を見て、目を丸くした。私は戻ってきたことが照れくさくて、病室内に目線を泳がせる。 「襟足のとこ。ちょっと切り残したの、思い出して」 「……美容師なる人、そんなでイイ?」 「だから練習させてよ。またすぐ、切りに来るから」 「……」 「ママ、絶対元気になって。私も絶対、立派な美容師になる」  みるみるうちに母が肩をふるわせ、顔を覆って泣き出した。私はおずおずとそばに行って、震える母をやさしく抱きしめる。  スナックの事務所で眠りこけて起きない私をおぶって家まで運んでくれた、あたたかな背中。花のような明るい笑顔で私を抱きしめてくれた腕。一生懸命勉強する私の頭を撫ででくれた、やさしい手。私が家を出る早朝、特製のアドボを鍋一杯作りながら、私の名前をつぶやいていた寂しそうな声。  どうして忘れていたんだろう。自分のことばっかりで、勝手にすねて、私は本当に子どもだ。子どもだった。 「そんなに震えてたんじゃ、切れないよ……」  母の背中をさする私の声も震える。うんうん頷く母が、顔を覆ったまま後ろを向いた。  いつか必ず、母を連れてフィリピンを訪ねよう。もちろん、サプライズで。再婚したなんて嘘をついた仕返しだ。  私はその場で荷物をおろしてシザーケースからハサミを取り出した。母の襟足をほんの少し手に取り、ハサミで空を切る。  シャッ   その音はやわらかく愛しい感触を持って、私の耳に響いた。 <了>
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