鍋とビール

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電車の中は足元は温かいけれど、駅に着いてドアが開く度冷気が侵入してくる。電車を降りれば普通に寒い。 私は家の最寄りの駅で降り、寒さに震える手でICカードを翳して改札を抜ける。カードごと手をポケットに入れた。 「あ、やっと帰ってきた! 冬香(ふゆか)ちゃぁん!」 ブンブンと手を振る、前髪をピンで留めてポンパドールにした男。 間違えるわけもない。弟の駆馬(かるま)だ。 「お帰り~」 目を細めて八重歯を覗かせる弟は、なぜか私の彼氏面をしがちだ。 夜と言っても、全く人がいないわけではない駅。チラチラと人の視線を感じる。まぁ、見ているのはどうせこの弟の顔面だろう。 子犬のように駆け寄ってきた弟の露わになった額を、冷たい手でペチッと叩いた。 「あいたっ、何で叩くの!?」 「あんたはいつも元気ね。あと彼氏面しないで。……おい、手を握って来るな。指を絡めて来るな」 「そんなこと言わないでよ。俺がその冷たいおてて温めてあげるから」 「うわ、ほんと、何でそんなに手(ぬく)いの?」 彼氏面をするなと言っておきながら、思わず手を握り返してしまった。 これでは説得力がない。 駆馬はだらしなく頬を緩め、私の手を握り返して来た。 「ポケットにカイロがあるからね~。おかげで姉ちゃんの手を温められるでしょ? ってちょっと! カイロだけ持ってかないでよ!」 私は駆馬の手を振り解き、ダウンジャケットのポケットからカイロを奪い取った。 あぁ、温かい……。
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