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04 ヴァンパイアの番
現実とは残酷なもので、それが如何に摩訶不思議な夢物語でも時と場合によっては受け入れないければいけないらしい。
そう、ちょうど今の私のように。
両手両足を縄でぐるぐる巻きにされて、固い椅子の上で拘束されながら、目の前で熱弁を振るう男たちを見つめる。
向かって左側の若い男は私がこの世界で目覚めて最初に出会った出会ったアルベルトだ。薄いヘーゼルのような瞳に、同じ色の髪をしている長身のイケメン。少女漫画とかのヒーロー役でよく居そうな出立ち。
続いて、右側がアルベルトの父と名乗るヨハン。
息子ほどではないにしても、年齢の割に筋肉も程よく付いていて若い頃はアルベルトのように女性の注目を浴びる容姿をしていたのではないかと思う。
「聞いてる、ニーナ?」
「……はひ?」
「今晩、教会で祝杯の儀があるんだ。まあ要するに、地域ごとに新たな番の誕生を祝うみたいなイベントなんだけど」
「なるほど………」
どうしよう。全然分からない。
なんなら、内容が全く入ってこない。
というか、私を気絶させたのはこのお父様なのだろうか?
すごく良い匂いがして、喉が渇いていたのは覚えているけれど、私がアルベルトに触れる直前で強烈な衝撃を受けて気を失ったのだ。いくら何でも酷すぎる。
「私のこと気絶させたのはお義父さんですか?」
「お前の父親ではないわ、無礼者!」
「そういう意味で言ってません…」
アルベルト父は見た目に反して脳筋系か……
初対面の娘を失神させる方が無礼でしょうに。
「だいたい、くじでなければ大切に育てた息子をこんな獣のヴァンパイアなんかに差し出すことはないんだ」
「………ヴァンパイア?」
思わず聞き返す。
私の質問が聞こえなかったのか、ヨハンは話し続ける。
「聖人になったお前がどうして真逆のヴァンパイアなんかと番に…しかもオメガだなんて……」
「大丈夫ですよ、父さん。法律が変わった以上仕方がないことですし、オメガは今の時代、薬を飲めばある程度発作を抑えることが出来ると聞いています」
「しかし、母さんはまだ寝込んでいるぞ」
「………申し訳ないですが、どうしようも…」
しんみりとした空気が辺りを包んだ。
待って待って、オメガってあのオメガ?ボーイズがラブする小説で多用されるあのオメガバースのオメガ?私は正真正銘ただの冴えない社畜だった筈だけど、異世界に来たらオメガというとんでも設定が付いた感じ?
しかも話の流れ的にどうやらヴァンパイアという化け物要素まで併せ持っているらしい。なにそのファンタジー。異世界の神様も流石に欲張りすぎじゃない?異世界転移させた女がいくら平凡だからってオメガバースとヴァンパイアをぶつけるって、ちょっとどうなの。
「あのー…」
「どうしたの、ニーナ?」
恐る恐る挙手した私に、ギルベルトが発言を促す。
「確認したいのですが、そのくじ引きというのはどういう制度なんですか?」
「ッフン、聞いて呆れる!知らずにこんな場所まで来たのか?」
「父さん…僕から説明するよ。ニーナは昨日結構飲んでいたから、記憶が曖昧なのかもしれない」
颯爽と説明役を買って出てくれるアルベルトに心の中で拍手を送った。不機嫌を隠そうともしない父親に比べると出来た息子だと思う。
「前国王が崩御したのは知っているよね?新しく即位した新国王はこの国の犯罪率を下げたいらしくて、手始めにヴァンパイアに番を組ませる事にしたんだ」
最近ヴァンパイアによる殺傷事件が増えているから、と続けるギルベルトの話を微笑みながら聴く。
どうしよう。何一つ見知った言葉が出てこない上に、やっぱりどう考えても私はヴァンパイア属性らしい。前国王も今の国王も知らないけれど、もっとマシな場所に転移したかった。
「えっと…ヴァンパイアの番がくじ引きで決まるようになったんだっけ?それは完全に運ってこと?」
「そうだね。アルファだろうがベータだろうが関係なく、選ばれたら番は絶対だ」
「ヴァンパイアはみんなオメガなの?」
「ヴァンパイアにもアルファやベータがいるよ」
「自分のことも分かってないとはな!今までどうやって生きてきた?お前の母親と父親も番を組んで、定期的な血の供給を受けていたんだろう?」
大声で怒鳴るヨハンに腹が立った。
私の両親は普通のリーマン家庭です、とどつき回したい。
私の記憶によると、番とは、オメガとアルファのカップルに対してのみ使われる言葉だったはず。この世界では、どうやらその番という概念がヴァンパイアとそのパートナーを意味するようだ。
「あ、でもアルベルトって聖人…つまり聖職者なのよね?聖職者がヴァンパイアの番なんてして良いの?」
「だから大問題なんだ!国王に手紙も送ったが取り合ってくれなかった。私は獣と番にするために息子を聖人に育てたわけじゃあないんだ!!」
「……父さん、その話は何度もしたよね?」
アルベルトが宥めるとヨハンは幾分落ち着いたようだが、私へ向ける視線は変わらず鋭いままだった。
「必要以上の血は吸うなよ!もしも息子を殺してでもみろ、私は末代までお前を呪ってやる!」
「………そんなのトマトジュースで十分よ」
「なんだと!?」
いきなりヴァンパイアだなんだの言われて、番とかアルファとか言われても理解できるわけがない。第一、私は献血とか予防接種で針の先を見続けることも出来ないぐらいのビビりだ。鉄分補給なら他でやるし、赤ければ良いならトマトでも齧る。
獣なんて言われてまで、血なんて飲まなくて良い。
「とにかく、今日はもう帰って貰っていい?」
アルベルトはごめんねとでも言うように、私に向けて目配せをする。ヨハンは怒り心頭のまま、息子に押されて家の外へ押し出されて行った。
状況の整理も出来ないままなのに、今夜行われるという祝杯の儀のことを考えると、頭が痛くなった。
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