14 ヴァンパイアと防犯

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14 ヴァンパイアと防犯

 浴室での一件依頼、アルベルトは露骨に私を避けるようになった。  家の中では基本的に別行動。  朝食も夕食も自分で用意すると伝えられたので素直に従った。浴室はお互い入る時間を決めて、使用中はドアノブに札を掛けるという徹底ぶり。  番の研修へ行く際は、1メートルの距離を取って付いてくるように言われた。    本当なら別々に家を出たいが管理者故に仕方がない、と苦々しい顔で言われたので、これも素直に受け入れる。べつに私は興味もない研修にただ昼寝をしに行くようなものだし。  これでアルベルトが安心できるなら、別に良い。  自分がヴァンパイアのオメガという彼にとって非常にお荷物な存在であることは、ここ数日の間に嫌と言うほど実感した。 「………それにしても、よ」  研修が休みなのを良いことに、一向に出てこない聖人様の部屋を睨み付ける。せっかくの休みだし、どこか案内でもしてほしい。というか、土日ぐらい一緒に朝ごはんを食べてほしい。  初めてのヒートが発生してからもう9日。  流石にもう終わっているし、警戒を解いてもいいと思う。  何か言われたら怖いので一応薬は飲んだけれど、明らかに身体の軽さが違うし、気分も晴れ晴れしている。  いつまでも起床を待つのも癪なので、部屋の扉をノックしてみた。 「アルベルト、起きてる?」 「…………今日はオフだ」  眠たげな声が返って来る。 「知ってるけど。出掛けない?」 「一人で行けよ」 「私は街に詳しくないから、出来れば一緒に…」 「誰がお前となんか」  全くもって協力的でない態度に、少し腹が立った。  おそらくまだ横になったままのアルベルトに、しっかり届くように息を吸い込む。 「そうね!優秀な番の聖人様が行けと仰るんだし、きっと一人で出歩いても誰かを襲ったりはしないはずよね」 「……………」 「私はちゃんと確認は取ったもの。何かあった場合はたぶんアルベルトが管理者としてしっかり責任を、」 「……待て」  大きな音がして、アルベルトが扉から顔を覗かせた。  いつものごとく茶色い癖毛に寝癖が付いている。 「おはよう」 「おう」  何だその返事。  名門野球部なら説教不可避な態度に、怒りが顔に出ないようにしながら、リビングへ向かう丸まった背中を追い掛けた。  しっかりパーソナルスペースを確保した上で、アルベルトは新聞のような紙の束に目を通しながら牛乳を飲んでいる。その間に私は、極力、視界に入らないように努めながら掃除をした。 「……そういえば」 「?」 「番の研修で出会ったホフマン夫妻が、街に面白い店が出来たと言っていた」 「面白い店…?」 「行ってみるか?」 「やった!ありがとう」  予定が出来たことが嬉しくて私は上機嫌になる。  アルベルトは準備すると言って、洗面所へ向かった。  ◇◇◇ 「わぁ~!」 「あまり遠くへ行くなよ」  アルベルトの注意に頷きながら、目を凝らす。  街の中心部と呼ばれる場所には、大小様々なお店が所狭しと並んでいた。その姿と賑わい様は、まるで商店街だ。ムクムクとお買い物欲が広がってくる。 「確かこのあたりだと思うが…」  前を歩いていたアルベルトが、立ち止まった。  店の前には大きな牙のマークが掲げられている。 「………何これ、悪趣味な」 「お前ら御用達の店らしいぞ」 「はい?」  先立って店に入ったアルベルトに向けて、店の店主は元気よく声をかけた。アルベルトもオンの笑顔で応えている。  恐る恐る扉を潜ると、中は圧巻の吸血グッズの数々。  注射器やサプリ作成用のカプセルは勿論のこと、猿ぐつわのような拘束具といったSMグッズに近いものまで棚に陳列されている。 「こんなもの要らないよ。もう行こう」 「いや、最近流行ってる、馬の血を固めた飴が結構良いらしい」 「……いくらなんでも無いよ」  物色を続けるアルベルトを急かして、なんとか店の外へ出た。ヴァンパイアと言えども、なんでもかんでも血であれば良いわけではない。  馬の血なんて、聞いただけで吐きそう。  色々な店を冷やかしながら、更に先に進むと、先ほどの店とは対照的に、大きな十字架をドンと入り口に飾った店を発見した。やめておけと言うアルベルトの制止を振り切って、店内へと進む。 「………っ、」  そこにあったのは、対ヴァンパイアのための武具や極端な宗教画のようなもの。八つ裂きにされたヴァンパイアが聖職者に運ばれている絵なんかもあって、入り口の十字架なんて可愛く見えるぐらいだ。  加えて、店内にはずっとパイプオルガンの音楽が流れている。蓄音機が紡いでいる音楽は、頭の内側から脳を破壊するような気持ち悪さを覚えた。 「ニーナ、少し外の空気を吸おう」  目眩を感じて目を閉じた私の背中に、アルベルトの手が回る。付き添われながら出口を潜ろうとしたところ、大きな影が立ち塞がった。 「ヴァンパイアがこんな場所に何の用だ?」 「………!」  黒い髪に赤い瞳。  お堅い黒の制服の腰には銃が見える。 「ティル、彼女は僕の番だ」  アルベルトが私の手を引いて、自分の後ろに隠した。  黒髪の男は驚いたように目を見開く。 「……ワーグナー?」 「そうだ、君の嫌いなアルベルト・ワーグナーだよ。道を譲って貰ってもいいかな?」 「連れのヴァンパイアは歯型の提出は済んでいるのか?あまり見ない顔だが」 「僕が管理している以上、君が心配するような事態は起こり得ない。心配ありがとう」  私の手を引いてアルベルトは階段を上がっていく。  ティルという大きな男は、大人しく道を譲ってくれた。アルベルトに続いてその前を通り抜けようとした時、グンと手首を引かれる。 「オメガのヴァンパイアとは、珍しいな」 「……っあ、」  握られた場所に力が入って痛い。  アルベルトが小さく舌打ちしたのが聞こえた。 「自警団もオメガに興味が?良い趣味だ」 「いや、オメガはヒート期間に犯罪に走りやすい。このまま連行して歯形を取る必要がある」 「ヴァンパイアの管理はすべて番に任されているはず。提出が必要なら後日近くの施設へ向かうよ。ご苦労様」  アルベルトはオンモードの笑顔を維持したまま、早口でそう伝えて、踵を返して歩き出した。手を引かれている私も必然的に、引っ張られる形で連れて行かれる。  気になって振り返ると、赤い瞳はいつまでもこちらを見つめていた。
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